「芝居のクオリティ」つまり「芝居の質」とはなんだろう?
さらに「インプロ(即興演劇)の質」とはなんだろう?
勝手に持論をぶちまけてみる。

私は20年近くソフトウェア業界にいるので
品質と聞くと、<品質の6特性>を連想する。

<品質6特性>とは
ソフトの品質を評価するための規格であるISO/IEC 9126 にて定義されている、
機能性、信頼性、使用性、効率性、保守性、移植性を指す。

機能性:設計通りの動作をするか?
信頼性:問題が起きても、回復できるか?
使用性:使い勝手がよいか?
効率性:処理が遅かったり、資源の無駄遣いはないか?
保守性:機能追加、変更が用意か?
移植性:環境が異なっても適応できるか?

これを芝居に例えるとするならば
こういうことだろうか?

機能性:脚本や演出意図通りの芝居か?
信頼性:安定した演技ができるか?
使用性:お客様にとって理解や許容できるものか?
効率性:お客様に負担や苦痛を与えていないか?
保守性:役者・スタッフの変更に対応できるか?
移植性:劇場や時期が異なっても適応できるか?


機能性、信頼性は演出・脚本・役者の仕事
使用性、効率性はお客様にとってのサービス
保守性、移植性は公演などの制作面に関わっている話。

確かに作品(表現)の善し悪しだけでなく、
制作面やお客様に対する姿勢も
「芝居の質」として問われることが多い。


さて、ここでさらに、「インプロ(即興演劇)」はどうなるだろう?
機能性については、インプロは台本がないので、どう評価すればいいのだろうか?
ここがまさに台本芝居と即興芝居を演じる時の大きな違いである。
インプロバイザー、つまり即興芝居の役者は
役者であるとともに、作家でもあり、演出家でもある。
それも出演者が多数であっても、絶対的な作家や演出家はおらず
そのシーンによって臨機応変異なっていく。
というか、今、この瞬間に創りあげているものである。
なので、ここであえて評価をくだすなら
それはインプロバイザーが生み出している「今、ここで起きていること」が
インプロバイザー同士で共有できているか?ということになる。

信頼性はまさにインプロバイザーの身体能力、メンタリティであり、
インプロバイザー同士の信頼関係でもある。

使用性も、機能性に通じるが、
「今、ここで起きていること」が
お客様との間でも共有できているか?ということになる。

効率性は台本芝居とは変わらないであろう。
だが、インプロ公演でときたま見かけるが、
「失敗しないため」にいろんな策を事前に講じていて
それがお客様に見え見えなのは問題なのかもしれない。

保守性、移植性はまさにインプロも面目躍如。
どのような形からでも作品を生み出せる。
これは興業という観点からも、台本芝居よりかなり融通のきく部分である。


さて、これが「品質」だが、これを高めるにはどうすればいいか?
ソフトウェア業界で重視されているのが、
できあがりの
「プロダクト(製品)」だけでなく
その過程の「プロセス(工程)」の品質である。

ソフトウェア業界でも
プロセスの品質なくして、プロダクトの品質はないとも言われている。
昨今の食品・菓子メーカーの不祥事のニュースなど
まさにプロダクトが受ける事を優先してしまった事の悲劇でもある。

たしかに文化祭みたいに
お祭り騒ぎでたった1回しか公演しないのであれば、
後は野となれ山となれでどうでもいい話なのだろうが、
ずっと続けていくならば、このあたりはしっかり押さえておきたい。

さて、インプロが日本に来て10数年。
これからインプロの質はどのように変わり、どのように問われ、
そしてどのように創り上げていくのだろうか?

自分の趣味だったインプロが
今では「ライフワーク」を飛び越え
「ライフプロジェクト」へと変わりつつある。
いやはや、大変なものに関わってしまったが、
これがあるから人生面白く生きていられるのだろう。