すべては模倣から始まった | ***Walk on the light side

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銀河に煌く星たちのように

赤ちゃんの中では自我の構造があやふやで、意識と無意識が混濁した状態にあります。

命の満ち欠けがあり、お腹を空かせて、うとうとと眠り、また朧に起きては乳を求めて泣きます。

命はどこまでも世界とひとつなぎであるかのように、母や環境との境目はなく、自分の世話は誰かがするもので、たよりなく漂っています。

成長すると、自我が芽生え始めます。周囲や自分の体、人物を認識しはじめて、立ち上がることで、自我もはっきりしてくるでしょう。

さらに成長すると、好みやペース、意志も出てきます。頑なに好きなものしか食べない子もいれば、容易に受け入れる子もいます。

その発露した個性こそが太陽の象徴で、身体の満ち欠けと環境とのつながりが月の象徴です。

月には「環境に馴染んで元気に暮らしたい、安心したい」という欲求があり、また機能として「模倣する・パターンをコピーして繰り返す」とものを持っています。


子供はあらゆることを「見て覚える」のですね。

これは全ての星の活動の土台にあるものです。

水星、金星、火星、木星、土星…と、さまざまな星が象徴する本質的な力が、私たちの中に備わっていますが、それらの使い方を私たちは「見てコピー」します。

ですからホロスコープの惑星には「親や家族がどんな振る舞いをしていたのか」が、そのまま描かれるし、個人はその型を模倣して、自分なりに再現して使うことになるでしょう。

 



父が母に対し横暴で、母が嫌々ながらもそれに従っていたとすると、個人の金星や7ハウスにその状態が記されているし、同じような関係を繰り返すことになります。

いつも兄と競い合って、葛藤が絶えない子ども時代を過ごすと、個人の水星や3ハウスにその状態が記されているし、学校や会社や友人との関係で、似たパターンを繰り返すでしょう。

体験したものを「模倣して、繰り返す」のですね。

パターンを越えるには、まず自分が「何をしているのか」ということを自覚する必要があります。

しかし自覚して「それはしないようにしよう」としても、それは無意識下に押し込まれるだけなので、月が定期的に再生させます。月は自動的に同じパターンを再上映するのですね。

なので自覚した上で、その星に別の新しいパターンを覚えさせる必要があるでしょう。

「金星と土星が角度を作っているから、愛情関係で苦労する」というのは、半分事実で、半分はそうではありません。

「母親が父親に振り回されて、耐えている関係性」を目撃したことが、そこに記されていて、好むと好まざると、それをコピーして、自分の愛情関係で再現するでしょう。

 

それはあたかも古いドラマを、別のキャストでリメイクするみたいに、今度は自分が母がやっていた役を演じるのです。

しかし、ここで監督は、ただ同じ脚本をコピーするだけでなく、金星と土星の新解釈をすることができるでしょう。

葛藤の強かった2人が、時間をかけてお互いを認める努力をし続け、ついには誰よりも信頼に足る関係を手に入れた、みたいに。

コピーするのが月であれば、そこに意図的に演出を加えるのは、太陽です。

太陽は自分が生きる人生の脚本を描くことができます。

ただし、それは完全なオリジナルではなく、コピーの再演出、古典の新解釈といえるでしょう。