【雑記】少彦名神と水瓶座のたましいと禁厭解き | ***Walk on the light side

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銀河に煌く星たちのように

大阪の北浜にある少彦名神社に、よくお詣りに立ち寄ります。

 

こじんまりとしているけれど、地元の方たちから大切に祀られている、薬草の香りが漂う神社で、神農さまと少彦名神がお祀りされています。

 

神農さまは古代中国の伝承に登場し、人々に医療を農耕を教えたとされる神さま。

 

少彦名神は常世の国からやってきて、大国主を手伝って国造りをしたとされる神さま。

 

医薬を伝えたとされる神さまでもあり、ダブルで薬祖神ですね。

 

少名彦神社のある道修町は江戸の昔からの薬種問屋街で、いまでも製薬会社が軒を連ねており、病気平癒の信仰の厚い神社です。

 

 

少彦名神は酒造を伝えた神さまともいわれていますが、古来、お酒が薬のように使われていたところからきているのでしょう。

 

また、少彦名神は禁厭(きんえん)の祖神とされています。

 

禁厭(きんえん)とは、まじないのこと。

 

わが国発祥の呪術を伝え広めたのが少彦名神ということですね。

 

 

少彦名神が施していたまじないは、農地に働きかけるもので、害虫や鳥獣に田畑を荒らされないようにおこなっていたといわれています。

 

害虫避けの結界のようなものでしょうか。

 

なにかに物理的な法則を超えた神秘的なところに働きかけて、その因果としての結果を得ることがまじないです。

 

禁厭が使えるということは、それを解くことができるということでもあり、少彦名神を祀る神社をあちこちめぐっていると、その働きに「禁厭解き(まじないとき)」としっかり書かれているものもあって、興味深いです。

 

日本の神さまは天津神と国津神がそれぞれ高天原と日本国土とにお住まいですが、少彦名神は常世の国から唐突にやってきて、さまざまな知恵をもたらして、国造りを助けたあとで、また常世の国へと帰られていきます。

 

この独特の存在感を放つ少彦名神を、見えない領域を働きかける影働きの神さまのように、わたしは前々から感じています。

 

 

1980年代の後半から水瓶座の時代が到来していますが、水瓶座は意識魂(いしきこん)から力を得ているサインといわれています。

 

それ以前の魚座時代は、悟性魂(ごせいこん)から力を得ています。

 

このふたつの違いは以前にもご紹介したと思いますが、次のような感じです。

 

 

◇意識魂

自己存在の根拠を内側に持つため、何事も自分で決めて、自己責任でおこなう。個性と自由を大切にして、自分の理解できることだけを受け容れるため、誰が何と言おうとも納得できないことはしない。自尊心が高く、自分軸があり、人目を気にせず、同じような仲間とつながって協力し合う。

 

◇悟性魂

自分の外側に権威的な存在をおいて、常にその価値と自分の行いを相対的に比べながら沿うように心がける。まわりから浮かないように、世間から恥ずかしくないように、人目を気にして、本心を隠す。自分にとってではなく、まわりから見た正しさに従い、まわりから認められることに喜びを得る。

 

 

1980年代後半生まれから意識魂が増えてきて、1996年以降に一気に増加しますが、一部はもうすこし早い1950~1960年代頃から混ざっているようです。

 

現在は意識魂と悟性魂とそのハイブリッドが混在している状態といえるでしょう。

 

 

禁厭というものが、目に見えない神秘に働きかけて、なにかしらの結果を引き出そうとするものであれば、悟性魂の人たちにかけるのはそんなにむずかしくないのでは、と思います。

 

悟性魂はそもそもが権威に憧れ、従おうとするため、自分より力をもっていて、尊敬できる人をみると「この人が言っているなら、きっと正しい」と思いこむようなところがあるでしょう。

 

自分の思っていることより、相手のほうが正しいかもしれないと思う。

 

自分の感じていることより、相手が感じている世界を信じる。

 

悟性魂は自分と相手との境目を失って、しばしば、そういった錯覚に陥ることがあります。

 

特に自分と相手の感覚や思考が異なるときに、正しいのは自分ではなく、力が強くて、みんなから支持されているほうだと思うかもしれません。

 

しかも、相手の本意がどこにあるのかということに気が付かず、盲目的にもなりやすいでしょう。

 

 

逆にいうと、悟性魂の人たちを妄信させたければ、彼らに対して権威的にふるまい、価値と才能がたくさんあるように見せて、より多くの知識を持ち、自信をもって堂々と発言し、そのうえで、相手にやさしく親身に寄り添い、その価値を認めてあげるといいかもしれません。

 

特に悟性魂が弱っているときや迷っているときなどには有効でしょう。

 

 

水瓶座のたましいは自分の価値を他者に決められることを厭いますが、魚座のたましいは自己価値を誰かに認めてもらうと安心します。

 

水瓶座のたましいは自らの意志を尊重することで自尊心が満たされますが、魚座のたましいは権威的な人にとっての特別な存在になることで自尊心が満たされるでしょう。

 

水瓶座のたましいは、それが嘘か真か、本当の親身なのか、訳ありの親身なのかを嗅ぎ分けますが、魚座のたましいは、相手のやさしさをまるっとそのまま受容するかもしれません。

 

 

少彦名が禁厭の祖神で、禁厭解きの力を持っているとするなら、それは個人の意識魂に働きかけて、強くするものではないのかと推測してみます。

 

意識魂が強くなることで、物事の真偽を見極める力が高まり、その情報やその人の行いがどんな意図をもっているのかを理解する力が強くなり、またまわりがどう思うかではなく、自分がなにをしたいのかということを中心に意思決定をおこなう力も養われるでしょう。

 

誰かに認められるから価値があるのか、自分を貫くことに価値があるのか。

 

誰かを納得させて生きることが大事なのか、自分が納得して生きることが大事なのか。

 

少彦名神は、そのような識別能力に働きかけてくれることもあるのかもしれない……と妄想しながら、お詣りするのでした。