
いままで届かなかった領域にまで、意識の光が深く深く射しこんで、新しい可能性が現れ出ずる秋の新月。
自分の力でどうにかしようとしていたときは決してと届かなかったのに、それを諦めたら、ふと手に届いてしまうような。
押して、押して、無理だったものを、手をゆるめて引いてみたら、あっさりとかなってしまうような。
思考の転換。一方向だけを見ることをやめたときに広がっていく視野。
わたしたちの魂がどんどん目醒めていく、いま、このとき、あなたの意識はどこへ向いているのでしょうか。
わたしたちは誰もが多かれ少なかれ、複雑な内面を抱えています。
ここまでやって来た過程で経験したこと、その成功と失敗とが複雑に混ざり合い、またそこに欲求や社会的規律なども加わって、とてもスパイシーな多様さが広がっているでしょう。
その内側にあるものは決してステキなものばかりでなく、扱い難いもの、心地悪いもの、あってはいけないと思いこんでいるものも混じっているかも知れません。
しかし、それをどこかで抑圧し、矯正しようとすればするほど、内側に自分を裁く意識が生じ、それは外の世界と他者へのジャッジとなるでしょう。
あるいは、その抑圧しすぎたものを、圧力弁から逃す如く「正当なクレーム」をつけられる相手を見つけた途端に徹底的に非難を浴びせることで、バランスをとろうとするかも知れません。
自分をジャッジし、矯正することは、現状をより良くする行為に見えますが、実際はわたしたちの魂の力を損なわせます。
自分の内側に秘めた複雑な多様性を心地悪いまま、そこに置いておき、そんな自分でいいのだと受け容れ、中庸を保って心のおだやかさを抱くとき、わたしたちはそこから、あらゆるものの本質をありのまま、見ることができるでしょう。
この時期、海王星の働きが高まって、わたしたちは心のありよう次第でそれに呑みこまれることも、それに共鳴することもできます。
うまくやる秘訣は、個人的な欲求を抑えて、まわりの流れをよく観ること。
ジッとジーッと注意深く眺めて、起こっている物事の背後にある意図やバイアス、その深みにある真実を見極めること。
そうすることで全体になにが起こっているのか、どこへ向かおうとしているのか、そこにある意志はなにか、おのずと感じられるものがあるでしょう。
そういった流れを見ずに、自分の欲求を前面に出そうとすると、その出鼻がくじかれやすく、自信がなくなったり、なにをしようとしていたのか目的を見失ったりすることがあるかも知れません。
無気力になったり、エネルギーが抜けるように身体が疲れて、寝ても寝足りず、やる気が起こらず、食べたり、ごろごろしたりと、海王星に呑みこまれる可能性があります。
個人の力でなんとかしようとすると、エネルギーが著しく消耗しやすいときですが、全体のために働くこと、社会的奉仕、自分で決めて誰かのために働くこと、アート活動、スピリチュアルの学びには、とても良いタイミングです。
現在の社会は個人主義で、実力も成果も個人次第といったところが大きいものですが、しかし結局のところ、わたしたちの活動は成長を重ねていくと、社会全体を良くすること、土地をいつくしみ、地球に貢献することにつながっていきます。
わたしという存在は、そういった大きな働きのなかの、ほんの小さな一部だと気づいていることで、海王星に呑まれるのではなく、その恩恵を存分に受けて、精神気力ともに充実して自在に動くことができるでしょう。
排他的、利己的であるほど、この時期は動きにくく、全体主義、利他的であるほどにパワフルで充実するときです。
大きな時代のうねりのなかで、わたしたちの魂がどんどん進化する、この時代。
すべてのものが刷新されていき、古いやり方では不都合が生じやすくなっています。
内側にあるものが即座に現実のなかで反映されるので、うまくいくのも、いかないのも、内にあるなにかが反応している可能性があります。
中庸でおだやかに。
内側で静止点を見つけて、心にある複雑さと、それが反映される外側の世界とを、そこからジッと見る。
すべてはひとつで、有機的につながり、起こるべきことが起こり、わたしたちはそこに感応する。
視野広く、そのことに気づいていることで、新しい可能性、新しいやり方、新しい道が、わたしたちの深遠からやって来ることを感じるでしょう。
新大陸へいらっしゃい。