やりたいことを共有するために集団があるのか、
それとも、
集団が先にあって、その集団で何をするかなのか。
むかしっから、仲良しグループみたいのが嫌いだった。
どこにも所属しないで、
いじめられっことも、不良グループとも、
誰とでも絡むのが私だった。
いわゆる、広く浅くってやつなのかな。
中学の頃なんて、
家に帰れば兄弟がいて、家族がいて、
学校では好きに、駅伝やったりソフトやったり、委員会活動やったり、
そりゃぁいろいろあったけど、
それぞれ一緒に頑張る仲間がいて、
そうそれぞれ、
駅伝はこいつらと、
ソフトはこいつらと、
委員会はこいつらと、
選択体育のサッカーはこいつらと、
勉強はこいつらと、
…みたいに、
全部違う集団で、うまくいってたし、充実してたんだと思う。
誰誰がいるから私も、とか、
そうゆう感覚ってわかんなかった。
友達と遊ぶってこと、あんましなかったからかもしんない。
そうやって過ごせばいいんだと思う。
高校の時より中学の時みたいな、
そうゆう過ごし方をすればいいんだと思う。
中学は広く浅くだった。
高校は狭く深くだった。
たぶん。
高校のノリで過ごそうとした。
それでうまくいくと思ってた。
…何かに本気になるっていうのはさ、
夢中になるっていうのはさ、
狭く深く以外、あり得ないんだけどね。
よくお父さんが言ってるな。
本気で部活頑張ってる奴は、生徒会長と兼ねるとかできない、
みたいな話。
中学の自分のが、好きだったかもしれないな。
自分が頑張ってれば、
自分がやりたいことやってれば、
周りからどう思われてるとか重要じゃなくて、
寂しさとか、感じなかったもんな。
いつから、周りの評価なんか気にする、
つまんない人間になったんだろう。
…いつも私は、評価してもらってたんだろうな。
認めてもらってたんだろうな。
たぶん、生まれて初めてそれがない世界を知って、
生まれて初めて、人に、集団に、組織に、
何も認めてもらえなくて、
仲間外れにされて、
いろんなことが、わかんなくなったんだろうな。
情けないな…。
なんにも頑張ってない自分が嫌いなのに、
頑張り方、忘れちゃった。