去年の夏チベットへ行った後

来年の夏はモンゴルに行こうと心に決めて
せっかく行くなら勉強しようと思い色々本を読んでいたところ
モンゴルと満州という土地には深い関わり合いがあるのだということを知り
折から坂の上の雲をドラマでやっていたこともあって
満州に行こうと思い立ち瀋陽大連旅順4日間の旅に出発した。


成田からおよそ3時間半で瀋陽国際空港に到着。
到着したときの気温は5度。
東京の朝よりも暖かくしかも天気がよかったので動くと少し暑く感じるくらいだが
空気と風は冷たく、日が陰ると急激に寒くなる。


空からの景色は白一色とはいかないが全体に白く覆われている印象。
今年は例年より降雪が少なかったそうだが

道の端には残雪が積まれていているし

川という川は凍結していてやはり寒冷地であるのだということを思い出させる。


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瀋陽は中国の東北三省の一つ、遼寧省の省都。
人口は720万人でそのうち5000人余りが長期滞在の日本人だとか。
瀋陽の産業は重工業が中心でその中でも自動車と戦闘機のエンジンが主で
自動車産業が盛んだからかどうかはわからないが街中には車がいっぱい。
きっと通勤帰宅ラッシュ時は大変な混雑ぶりなのだろう。


昨年の夏青海省を訪れた時にも思いましたが運転が非常に荒い。。。


ご多聞に漏れず、瀋陽も不動産バブル真っ只中。
1平米はおよそ1万元とか。
高層マンションが次ぎ次ぎに建設されているが普通のサラリーマンには高嶺の花で
日本人が家を買うよりも遥かに壮絶な覚悟で購入するらしい。
一方でこうしたマンションの他、外車や貴金属、宝飾品を大量に保有する富裕層もいる。
年収3000万円を超える富裕層は人口720万人中80万人ほどで
そのほとんどが公務員と言われている。
瀋陽のサラリーマンの平均月収が日本円換算で10万円程度という中で

公務員の標準報酬は15万円ほどとそれほど高いわけではない。
富裕層を公務員が占める理由は報酬以外の収入、いわゆる賄賂が多額であるからとかないとか。


今回のツアーは添乗員さんはいなくて現地ガイドさんだけ。
瀋陽でのガイドは「大男」という表現が大げさではない

大阪の吉本新喜劇に3か月留学したことがあるという趙さん。


今日の観光は世界遺産が二つで東稜公園と瀋陽故宮。
東稜公園は正式な名称は福陵公園といい
中国の最後の王朝清の初代皇帝太祖ヌルハチの墓地だ。


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広い広い敷地の中に建物が点在していて観光も一苦労。


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建物は観光用に整備されていますが陵そのものは発掘調査はされておらず
非破壊検査による調査が行われているだけで
それによると深さはおよそ60メートルで3階層に分かれていて
最下層がヌルハチと皇后の遺体が安置された部屋
中段は遺品や宝物、副葬品が置かれた部屋
上段は・・・何だったか忘れた・・・

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ヌルハチと皇后の遺体は金糸銀糸で縫われた衣服を着せられて
翡翠のベッドに安置され頭には金の王冠、口には琥珀を噛まされ
故宮博物院を凌ぐほどの文化的価値があるという副葬品が
今まで残っていたのは盗掘を防ぐために内部が水銀の罠で守られているからだとか。


今年の年末から発掘調査が行われることが決定していて
発掘調査が終わった暁には墓陵の隣に宝物館が建てられ
墓地の内部にも何らかの方法で観光客が入れるようになるという。


こんなに完全な形で残っている陵を発掘するなんて
文化財研究という名を借りた盗掘じゃないのかと私には思えて
中に眠っているヌルハチさんと奥さんがかわいそう。


瀋陽という町の名前はこの土地の歴史としては割と浅く
清王朝の頃にはここは盛京と呼ばれていて
ロシアや日本が占領していたころは奉天、そののち瀋陽となった。


清王朝は2代目までの首都がかつての盛京、今の瀋陽で3代目から北京に遷都した。
歴代の清朝皇帝はたびたびここを訪れて先祖の墓参りをしてきたのだそうだ。
瀋陽故宮は初代ヌルハチと2代目ホンタイジの頃の宮殿を今に伝えている。


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建物の意匠はいわゆる中国的な金赤金赤金赤赤というものではなく
色合いとしては黄色と青が基調でアクセントに金という感じ。
これは満州族にとっては赤より黄色が好ましい色であったことによるのだとか。
建物の形状もなんとなくゲルに見えるような雰囲気もあり
満州族が騎馬民族であったゆえだそうだ。


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建物の扁額には満州文字、漢字、モンゴル文字の3つが並列で記されているものが多く
清王朝が諸族の共生を目指していたことの証左だろうか。。


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夕ご飯はなんとあの老辺餃子館の瀋陽本店。
餃子パーティー状態でした。。。
私はミニミニ餃子とシーフードの入った水餃子スープが気に入った。
スープはさっぱりとしていて海鮮だしのさらっとしたのどごし。
あとは蒸餃子がメインで、蒸籠でいくつもいくつも出てくるので食べるのも大変。
残った分はツアーのメンバーの方がタッパに入れてお持ち帰りになりました。。。
部屋で宴会をやるときのつまみにするのだそうです。。。


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今回のツアーは最少催行10名のはずが実際には私の他には8名だけで
直前にキャンセルでも出たのか、1人欠員程度なら催行になるのか。
そして私を除く8名の方は一緒に申し込みをしたグループの方で
なんでも以前同じ会社で働いていた仲間なのだとか。
月に2回は飲み会をし年に1回みんなで旅行に行くというからかなり仲良しグループなのだろう。
年齢もバラバラのようだし話し方の雰囲気からおそらくかつての上司、部下という感じがする。
既にリタイアされている方も居て、平均年齢60後半かという高齢者のグループ。


黒酢じゃなくて醤油を持ってこいとか、燗が熱すぎるとか、蒸し餃子より焼き餃子がいいとか
かなり文句たれながら食べてました。
でも最後には餃子と一緒に飲む紹興酒はやっぱりおいしいなぁとか言ってたので
結局のところ呑兵衛なのですね。。。


瀋陽の地ビールは雪花という銘柄らしい。
戦前満州国の頃にどこやらという日本のメーカが作った工場を改造して

今は地ビールの生産をしているという。
一口だけもらった感想は泡も少ないし透明で見た目はジュースみたいで

味の方もビール独特のあのえぐ味がなくさらっとした飲み心地。

地酒は老龍口という焼酎のようなお酒。
アルコール度数は36~60度とかなり高め。

誰も手を出さなかったので味の方は不明。
ガイドさんのおすすめはお湯割りだそうだ。


中国のお菓子ってちょっと日本人の口には合わないなといつも思うのだけれど
ガイドさんおすすめの瀋陽のお土産で胡麻飴というのを買ってみた。
はちみつと胡麻を練って作ったお菓子で飴と銘打っているが食感はお餅に似ている。
味は悪くない。ANAが品質を保証しますと強調していたところから察するに
やはり通常品質はよろしくないのだろう。


瀋陽の農作物は全国的にはトウモロコシが有名らしいが
伝統的には胡麻の生産高が高い土地柄とか。
これも戦前満州国の頃に満州開拓団が移民してきて

地場産の胡麻に品種改良を重ねた結果
より粒が大きく油分も高い今の胡麻に発展したとのこと。


瀋陽の社会について面白い話を聞いた。
瀋陽にも夜の歓楽街といえるものがいくつか存在するが
いわゆる遊びの場所という目的はもちろんあるとしても

生活としての夕食の場所としての意味合いも多分にあるのだそうだ。


理由は瀋陽の女性は食事を作らないから。

瀋陽の男はつらいですねぇ。家は高い、嫁は食事を作らない。。。

理由はよくわかりませんが、瀋陽に美人が多いのが理由なのか?
瀋陽男は美人な嫁に勝てないのか???


瀋陽に美人が多いといわれるのにも清王朝が絡んでいる。
初代ヌルハチは大変な好色家で

毎年中国全土から美しい女性を400人選んで

自分の後宮に入れていた。


多くは南部の女性で色が白くもち肌の美しい女性達は

ヌルハチの死後、後宮を後にして満州族の男たちと結婚し

2世3世には色白もち肌が増えた。
その後ロシアに占領されたことでロシアとの混血が進み

もともと小柄だった満州族の平均身長が高くなった。

ゆえに瀋陽には色白でもち肌のスラっとした美人が多いと言われている。
事実、中国のタレントは瀋陽の他東北各省の出身者が多いという。
ほんとかなぁ???


夜部屋でお風呂に入ってびっくり。
使った後の石鹸の泡が黒い・・・。
自分でもってきたものを使っているからシャンプーや石鹸の問題ではない
・・・とすると
そんなに汚れてたってこと!?
確かに車が多くて排気ガスをまき散らしているし

重工業の街だからそれなりにあるとはおもうがここまでとは。。


そういえば今は黄砂の時期だから

余計に空気が濁ってるってツアーのおじさんが言ってたような・・
なんだかんだ言っても東京はまだまだ綺麗な方だってことか。。

くわばらくわばら。