死にたいという願望がある。

そうゆうとき、この人生は耐えがたく、

別の人生は手が届かないようにみえる。

イヤでたまらない古い独房から、

いずれイヤになるに決まっている新しい独房へ、

なんとか移してほしいと懇願する。


ーーフランツ・カフカーー

🪬

「死にたい」と誰でも一度は思うものです。

それは本当に死を願っている場合もあれば、より正確には「今の人生から逃げ出したい」という願望のこともあります。

他人の人生は輝いて見えます。

死さえ、今の人生よりましに見えてしまいます。

しかし、どんな人生にしろ、はたから見ているだけではなく、実際にそれを生きるようになれば、いずれは嫌気がさしてくるものです。

死後の世界がもしあったとしても、菊池寛の短編小説「極楽」に出てくる老夫婦のように、念願だった極楽世界の蓮の🪷台に座りながら、退屈して地獄の話ばかりするようになってしまうでしょう。

古い独房か、新しい独房かのちがいしかないのです。

という考えは、絶望的ではありますが、つまりは死を考えてみても仕方がないということでもあります。