1971年に金ドル交換停止となって、
日本はどのようになってしまったのでしょうか?
1970年代というと、日本では製造業が活発でした。。
もの作りが盛んで、それを輸出して、外貨を稼いでいたことが、
日本の高度経済成長の一部を支えていたのです。。
そこに、為替が徐々に円高方向にシフトしたことで、
1985年頃は1ドル220円~260円へ。。
この時期までは、まだまだ日本の製造業の力は強かったので、
影響は少なかったかもしれません。。
ところが、1985年にプラザ合意という出来事があったことは、ご存知でしょうか。
私は学校の授業で習いました。。
これを簡単に説明すると、アメリカの対日貿易赤字を抑制するための政策です。
アメリカは当時は、高いインフレで金利は2桁に達して、
世界中のお金がアメリカに集中しました。
しかし、貿易については赤字が続いており、
それにより、世界の基軸通貨だった米ドルが不安定な状況を生み出していたのです。
それではダメだということで、協調的なドル安を図るために、
G5の会議でプラザ合意というものが結ばれました。
その結果、日本は、1988年には128円となり、
3年で70%近くの円高にシフトしたのです。

それに大打撃を受けたのが、これまで日本を支えてきた製造業です。
この円高に対応すべく、日本の製造業は、
日本でものを作るとコストがかかってしまい、輸出する段階で価格が高くなってしまうため、
コストを下げるために、人件費の安い東南アジアへ
ドンドンシフトする時代になっていきました。。
日本の雇用がドンドン海外へ出ていってしまう。
日本人がこれまでやっていた仕事を海外の人が行っていく。
その結果、日本の成長が、徐々に低迷していく時代に突入していくことになりました。
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