記憶(37) ヒーローたちの夜(10)めくるめく時代のスポンサーめぐり
白木みのる氏の死がネットニュースで見出しになっていた。140cmの少年のようであった1962年『てなもんや三度笠』が当時の人気番組であった。全国からのお笑い芸人が集まった。朝日放送が全国ネットのキー局であった時代、大阪のきらびやかな時代でもあった。
一方の主役は故藤田まこと氏であった。クラッカーの前田製菓がスポンサーであった。『あたり前田のクラッカー』が毎週聞かされた。その前年には『快傑ハリマオ』(ヒーローたちの夜1~9、2月3月に投稿)のあった時代であった。こちらは森下仁丹でたばこ屋ではどこにでも売られていた。
そのまた1年前は大村崑氏主役の『とんま天狗』この辺りまでよく記憶している。多くは鬼籍に入っているが大村氏はまだ健在だ。91歳となっている。まだCMでも時々見られる。
スポンサーは徳島の大塚製薬であった。歌のなかにも『姓はオロナイン、名は軟膏』と歌われすり込まれていた。
これらスポンサー企業の本社は大阪かその近辺であった。あのてなもんやの前田製菓のバタークラッカーはほとんどスーパーでは見られない。仁丹も売られているがそれほど目にすることもなくなった。
時代とともに大塚製薬がボンカレー、オロナミンCとヒットし今や大塚グループ企業へと発展している。この頃のスポンサーは1番組1スポンサーであったと記憶している。全て伝説の記憶のようだが私のなかではまだ十分生きている。
♬ 涙はあふれて今宵も更け行く ♪ 1961年フランク永井氏の『君恋し』が流行ったのもこの頃であった。8歳の私はこんな歌うたっていないだろうねぇ。
(2022年11月15日)
