いつもの友人(18) タケノコで静かな議論(1)   | 自分史の旅 tarojie

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黄昏の落ち葉が似合う年齢になった。何かを残すこともない過ぎ去る日々、何かストーリーを書いておきたいと思いブログを始めたものの面倒だと思う日もある。忘れること思い出すことできなくなるかもしれない。まだ真黄色な楽園ではない。少しは色もある萎びれ枯れて行く。

いつもの友人(18) タケノコで静かな議論(1)

 

我が家の雑木林からタケノコがのこのこ出てきた。いつもの友人に届けるために連絡した。ここ大阪郊外の駅前コーヒーショップはそれなりに人が半分ほど埋まっていた。このコロナ禍ではちょうどよいとも言えた。

 

彼は高齢者の医療費負担の不公平を言っていた。後期高齢者の医療費10%でそれを追っている我々は30%の負担だ。老人が老人による老人のための政治で、ある老人は55歳で退職して老後を若い世代に支えられてまだ生きている。

 

昔は少数の老人であって生きていることが尊敬に通じていた。今や高齢者で溢れかえりルールを守らないボケ道徳欠如者が増えていることは間違いない。昼、夜なく酒を飲み大声で喋り、挙句の果てにコロナで重症病棟に入院して高額医療費のつけを我々は払っている。

 

日和見的な政治の責任だと感じている。麻生さん、二階さんの顔が浮かぶ。もう80?ではなかったか。後期高齢者ではなかったか。隣国からイチャモンがついている原発放流水で安全証明するために10杯ほど飲んで最後の御奉公をお願いしたいと友人が言う。

 

私的には一人約5000万円の費用がかかる国会議員を一人でも減らしてほしい。批判ばかりで仕事のしない野党議員ももっと減らして欲しい。小さな一片の花を散らしに必ず選挙に行く。

(2021年4月15日)