こんにちは!

 

 

 

 

ひさびさに

 

摂食障害克服ブログ。

 

 

 

 

どうやって治せますか?

 

 

 

よく聞かれます。

 

 

でもなんでも、

 

 

一つではないと思うんです。

 

 

一つって

 

二次元の世界ですよね。

 

 

 

 

 

深いところ、

 

 

複合的なところ、

 

 

 

いろんなアプローチで

 

 

 

解決していくものだと思うんです。

 

 

摂食障害になった理由だって

 

 

きっと一つではないんだから。

 

 

 

 

根本の解決には

 

 

時間はかかってしまうかもしれないけど

 

 

 

かならず、

 

 

かならず、

 

 

 

大丈夫。

 

 

経験も

 

価値観も

 

 

そこに大小なんてありません。

 

 

 

 

人と自分は対等です。

 

 

私「なんか」

 

 

 

はやめて、

 

 

 

苦しみから

 

抜け出すことができますように。

 

 

 

 

 

 

今日は根本の解決というよりも

 

 

 

自分をどうコントロールするのか

 

 

 

 

その一つの方法・発想について🤗

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

真の母親に

なったつもりで

 

 

 

 

これは今のあなたの

 

母親ではありません。

 

 

 

あなたを愛し、

 

だからこそ厳しいことも言い、

 

絶対に見放さない、

 

存在をあなたの中に

 

 

作ってみるのです。

 

 

 

 

 

例えば

 

 

あなたが歩きながら食べている時、

 

 

「人から見られているから」

「行儀が悪いから」

やめなさい、

 

 

ではなく

 

 

「何かの拍子で

 喉に詰まらせるだろうし、

 

 

 味合わなければ

 作った人が悲しむだろうし、

 

 ちゃんと噛めずに

 消化にも悪ければ

 満腹中枢もきちんと刺激されず

 満足感も少ないだろうし、

 

 

 好きな人に見られた時に

 品のない女性と思われるだろうから、

 

 あなたのために」やめなさい。

 

 

そういう存在。

 

 

 

 

 

 

 

昨日食べ過ぎたからと

一切何も口にしない時、

 

 

 

 

 

「私が心配だから」

 

やめなさい。

 

 

 

 

 

ではなく

 

 

「毎日体はエネルギーを使うし

 

 食べないということは

 

 脳も体も栄養がなく

 

 ボロボロになるから

 

 病気にならないためにも

 

 集中できず苦しまないためにも

 

 あなたのために」

 

やめなさい。

 

 

という存在。

 

 

 

 

 

何かに失敗して

結果が出なくても

 

 

 

「結果が出ないから」

 

 

やめなさい

 

 

 

ではなく

 

 

 

 

「やめてもやめなくても

 

 どちらでもいいんだよ、

 

 

 結果ではなく

 

 過程はやりきったのか?

 

 

 やりきってないなら

 

 やりきってみたらいいし、

 

 

 

 いまやれなそうなら

 

 一時的にやめてもいいし、

 

 

 もうやりつくして

 

 納得できているのなら

 

 

 やめなさい。

 

 

 

 失敗して当然、

 

 

 

 失敗したからやめるのであれば、

 

 

 

 

 人の目や自分の欲望を

 

 気にしているだけだから、

 

 

 

 

 そこから

 

 

 逃げることからは」

 

 

 

 

やめなさい。

 

 

 

と言える存在。

 

 

 

 

 

 

私なんか

価値がない、

なにもできない、

未来がない、

と言った時に

 

 

 

 

「自分が産んだから

 

 そんなことをいうのは」

 

やめなさい、

 

 

 

 

ではなく

 

 

 

 

 

生まれてから

 

 死ぬまで

 

 

 価値がない人は

 

 一人もいない、

 

 

 必ず

 

 役割がある。

 

 

 終わり(死)は決まっているんだから

 

 

 その時まで

 

 

 終わりを決めてはいけないよ。

 

 

 

 未来も価値も

 

 

 作っていくものだよ。

 

 

 

そう言える存在。

 

 

 

 

 

私がこれをふと思ったのは、

 

 

 

 

「母親」でなくてもいいのですが、

 

 

 

 

家族・社会・先生・・・

 

 

 

 

育てられる過程で

 

 

 

「社会の常識」

 

 

「他人の価値観」

 

 

 

 

 

私たちを大いに

 

苦しめてきたと思うからです。

 

 

 

「真」の「母」について

 

 

実は

 

 

鳥濱トメさんに触れて

 

 

考えました。

 

 

 

 

 

 

GWに鹿児島に行ったさい、

 

 

知覧の特攻平和会館にも行きましたが、

 

 

 

遺書だけでは

 

 

わからないことがたくさんあると

 

 

 

「ほたる館」にて感じ、

 

衝撃を受けました。

 

 

 

きっとみなさんも、

 

 

ハッとするかもしれません。

 

 

 

 

いくつか

 

 

私が覚えている限りで

 

 

物語と遺書を記載します。

 

 

 

 

私たちは、

 

 

自分を傷つけている、

 

 

 

だけど

 

 

傷つけずに外に向かうこともできる。

 

 

 

 

どんな言葉も自由に発言できる、

 

 

どんなことも自由に選択できる、

 

 

未来は可能性で満ちている。

 

 

自分の命をどう使うか、

 

 

もう一度、

 

殻から出て見ませんか。

 

 

 

 

私が

 

 

あなたを肯定する。

 

 

 

私はこの日本で

 

 

不健康になったからこそ、

 

 

 

真の健康、

 

真の美しさに挑戦したいし、

 

 

 

みなさんが

 

 

心をなくしたり

 

 

目が曇ったり

 

 

したときに

 

 

一緒に前を向ける存在でいる。と

 

 

 

 

知覧で再確認してきました。

 

 

 

 

では、

 

 

 

知覧の母「鳥濱トメ」さんについて

 

 

少し触れます。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

公式HP→鳥濱トメ顕彰会

 

 

 

 

 

 

 

 

 
(この写真、泣いております🙏
鳥濱トメさんのお孫さんの鳥濱明久館長と、
ほたる館にて。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

鳥濱トメ

さんが行なっていた「富屋食堂」は

 

 

昭和4年に開業しました。

 

 

戦争は昭和20年に終戦を迎えますが、

 

 

昭和17年に陸軍の指定食堂として選ばれています。

 

 

当時、

 

 

沖縄が落ちたら

次は南九州(鹿児島の下側)

 

 

 

と言われており、

 

 

 

軍の最高機密として

 

 

「特攻」が始まりました。

 

 

 

 

 

当時は

 

 

「特攻」の任務を

 

 

 

言い渡された若者は

 

 

 

最高機密なので

 

 

家族に伝えたり

 

もちろん弱音を吐いたり

 

 

反対したりすることもできず、

 

 

 

 

手紙も出すことができず、

 

 

 

遺書が公開されているのが

 

平和会館になります。

 

 

 

 

 

トメさんは、

 

 

特攻隊たちに、

 

 

直前に「明日行くんだ」

 

 

と言われながら

 

 

 

 

 

自身の着物を売り、

 

 

卵に変えて

 

食事を出したり、

 

 

 

こっそり伝言を家族に手紙を書き伝えたり、

 

 

 

「行かないでくれ」とは

 

言ってはならない状況で

 

全身全霊

 

彼らに向き合った女性です。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

トメさんを通じて

 

 

残されたものが多くありますが

 

 

 

それを語り継ぐことができる人は

 

 

きっと減っていっています。

 

 

 

 

ゆこは長崎に生まれました。

 

 

戦争の街、

 

宗教弾圧の街。

 

 

 

 

生死を感じる趣のある街です。

 

 

 

また、

 

 

自殺した知人が3人います。

 

 

 

 

 

 

命とは?

 

 

感がる機会が多い人生です。

 

 

 

 

 

 

私も摂食障害の時

 

 

 

命を絶ちたかった。

 

 

 

 

つらくてつらくて

 

 

 

トンネルから抜け出せない

 

 

 

きっと暗闇のままだ

 

 

 

そう思った日もあります。

 

 

だから

 

 

みなさんが

 

 

つらいことも

 

 

気持ちはよくわかるつもりです。

 

 

 

 

選択肢にある

 

 

というのは怖いものです。

 

 

 

でも

 

 

違う選択肢もあります。

 

 

 

 

トメさんの周りの

 

 

特攻隊の方の

 

 

最後の言葉や

 

 

状況に触れておきます。

 

 

 

 

こちらをみて

 

 

 

目の前のことをしようと

 

 

 

あなたが思えば

 

 

それがゆこの本望です。

 

 

 

 

 

勝又勝男(21才)

 

 

 

 

おばちゃん、

 

 

人生50年と言われているから

 

俺の残り30年、

 

 

だからおばちゃんに

 

 

俺の年あげるよ。

 

 

 

 

 

 

光山文博(24歳)

 

 

 

 

朝鮮人だが日本人として過ごし

 

 

実の母が亡くなり、

 

 

その遺言が

 

「国に尽くすように」

 

というもので特攻に志願。

 

 

 

飛び立つ前の夜の、

 

トメさん

(「おばちゃん」と呼ばれている)との会話。

 

 

 

 

全員が

 

勝つために心から志願し、

 

 

日本のために散った

 

 

わけではないことが

 

うかがえるシーンだと思います。

 

 

 

日本のためではない

 

次は南九州だ 

 

この人(おばちゃん)たちのために僕は行くよ。

 

 

 

 

 

 

 

上原良司(22歳)

 

 

 

 

私はこの人の手紙を読み、

 

 

日本人は本当に

 

 

いわゆる「真」に

 

賢かったと思いました。

 

 

「終わり」「死」が

 

近い時代からこそ

 

 

彼らは勉学を

 

 

人生に生かす高い視点と

 

情熱と行動で

 

 

得ていたのだと思います。

 

 

 

 

 

「男尊女卑」だの

 

「縦社会」だの

 

一長一短ですが

 

 

「真」の自由とは

 

あり方とは

 

 

を考えさせられる言葉なので、、

 

一番最後に全文を載せておきます。

 

 

一番印象に残った部分だけ先に記載しますね。

 

 

 

 

 

 

日本は負けるよ

 

死ぬことは怖くない

 

 

僕は機械に過ぎないから

(特攻隊が乗る戦闘機は

 精密な戦闘機でした)

 

何もいう権利はないが

 

愛する日本を

 

偉大な国家にしてもらうことを

 

国民にお願いする。

 

 

真に日本を愛するものが

 

日本を動かしていたなら

 

このようにならなかったのではないか。

 

 

 

 

 

松本信太治(19歳)

 

 

 

弟妹へ向けた遺書・・・

 

 

親孝行して、

そして自分の仕事に全力をつくすこと

 

 

 

 

 

 

藤井一(29歳)

 

 

 

 

 

 

大人の始めたことに

 

子供を巻き込んではいけない、

 

 

 

と妻子持ちながらも

 

特攻を志願していた

 

操縦の先生。

 

 

 

その妻は

 

何度もなんども

 

 

反対しました。

 

 

 

 

でも教え子を

 

 

 

戦争に行かせておいて

 

 

私が行かないことは

 

 

あり得ない、

 

 

 

 

藤井少佐の

 

 

意思は

 

 

とてもとても

 

 

かたかったそうです。

 

 

 

私が

 

 

妻だったら

 

 

私はどうしたでしょうか。

 

あなたは

 

どうしたでしょうか。

 

 

 

 

 

藤井少佐の

 

妻は、

 

 

 

 

 

3歳のこどもと、数ヶ月の赤子の

 

長女・次女を連れて

 

 

 

 

 

「私がいると心残りとなるでしょう

 

 お先にまっています」

 

 

 

と、遺書を残し

 

 

川に身を投げて自殺しました。

 

 

 

 

 

藤井少佐は

 

 

指を切り、血で書いた手紙で

 

 

 

決意を軍に伝え

 

 

特攻に選ばれ

 

 

知覧から

 

飛び立ちました。

 

 

 

 

 

トメさんのところでも、

 

 

 

生徒と一緒になった知覧でも

 

 

 

一切妻子が身を投げたことを

 

 

口にしない。

 

 

 

 

引き裂かれる想いを感じます。

 

 

 

一つ一つの命に

 

 

 

 

知られざるお話、

 

 

その人の歴史、

 

があるのです。

 

 

 

 

 

 

1つしかない命を投げ捨てて

 

散って行った若者たちのこと

 

忘れてはならぬ。

 

 

 

 

 

私たちは、

 

 

自分で

「終わり」

 

を決めてはいけません。

 

 

 

死ぬ気になれば

 

 

なんだってできる。

 

 

 

この世に

 

今、

 

日本に、

 

生まれたことを

 

 

 

 

「真」に楽しみましょう・・!

 

 

 

 

 

それでは

 

 

最後に

 

 

上原良司さんの遺書を載せておきます。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

栄光ある祖国日本の代表的攻撃隊ともいうべき陸軍特別攻撃隊に選ばれ、

 

身の光栄これに過ぐるものなきと痛感いたしております。

 

思えば長き学生時代を通じて得た、

 

信念とも申すべき理論万能の道理から考えた場合、

 

これはあるいは自由主義者といわれるかもしれませんが。

 

自由の勝利は明白な事だと思います。

 

人間の本性たる自由を滅す事は絶対に出来なく、

 

たとえそれが抑えられているごとく見えても、

 

底においては常に闘いつつ最後には勝つという事は、

 

かのイタリアのクローチェもいっているごとく真理であると思います。


権力主義全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも

 

必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。

 

我々はその真理を今次世界大戦の枢軸国家において見る事ができると思います。

 

ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツまたすでに敗れ、

 

今や権力主義国家は土台石の壊れた建築物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。

真理の普遍さは今現実によって証明されつつ

 

過去において歴史が示したごとく未来永久に自由の偉大さを証明していくと思われます。

 

自己の信念の正しかった事、

 

この事あるいは祖国にとって恐るべき事であるかも知れませんが

 

吾人にとっては嬉しい限りです。

 

現在のいかなる闘争もその根底を為すものは必ず思想なりと思う次第です。 

 

既に思想によって、その闘争の結果を明白に見る事が出来ると信じます。

愛する祖国日本をして、かつての大英帝国のごとき大帝国たらしめん

 

とする私の野望はついに空しくなりました。

 

真に日本を愛する者をして立たしめたなら、

 

日本は現在のごとき状態にはあるいは追い込まれなかったと思います。

 

世界どこにおいても肩で風を切って歩く日本人、これが私の夢見た理想でした。

空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事も確かです。

 

操縦桿をとる器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、

 

ただ敵の空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬものです。

 

理性をもって考えたなら実に考えられぬ事で、

 

強いて考うれば彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。

 

精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。

 

一器械である吾人は何もいう権利はありませんが、

 

ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を国民の方々にお願いするのみです。




こんな精神状態で征ったなら、

 

もちろん死んでも何にもならないかも知れません。

 

ゆえに最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です。



飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、

 

いったん下りればやはり人間ですから、

 

そこには感情もあり、熱情も動きます。

 

愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。

 

天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、

 

死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。



明日は出撃です。過激にわたり、

 

もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、

 

偽らぬ心境は以上述べたごとくです。

 

何も系統立てず思ったままを雑然と並べた事を許して下さい。

 

明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。

 

彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。

言いたい事を言いたいだけ言いました。無礼をお許し下さい。ではこの辺で

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

泣きながら書いてしまいました。

 

 

みなさんいつも

読んでくださって

 

 

 

ありがとうございます🍀

 

 

 

 

 

このブログが、記事が、

 

 

誰かの

 

 

心を優しく

 

強く

 

することを願います。

 

 

 

 

素敵な5月にしましょうね💖

 

 

 

ゆこ