光のお仲間のみなさん、こんにちは


先ほど、処分業者の方が下見に来られて、
残すものと処分するもののマーキングをしていきました。
いよいよ、数日後には本格的な処分です。
昨日来られた買い取り業者の方にも、
何を残しておくべきか、
いろいろ教わりました。
ここまで断捨離してきて、
モノ自体の価値と、
思い出の価値は違うということを、
実感しています。
これは私が子どもの頃に、
母が近所に買い物に行くときに使っていたがま口です。
いつも学校から帰ってくると、
真っ先にここから10円をもらって、
近所のお店によろこび勇んで
ベビースターとか、
ライスチョコとか買いにいっていました。
これがリビングの引き出しの奥から出てきたときは、
懐かしくて、しばらく手に取って開けたり閉めたりしました。
このがま口は、
他の人にとっては不要品だと思いますが、
私にとっては思い出という価値が詰まったものです。
だから取っておくことにしました。
こういう深い思い出のある小物以外は
心を鬼にして捨てています。
特にコピーライター時代に使っていたワープロを
市の燃えないゴミの処理場で捨てたときは
胸が痛みました。
だって、そっと置いてくるような捨て方じゃなくて、
上から落とすような捨て方でしたからね。
なんかかわいそうになっちゃいました。
でも、
あっても邪魔になるだけだし、
もう誰も使いませんからね。
心の中で手を合わせて捨てました。
思い出は大切なものだと思います。
思い出に値段なんてつけられない。
値段がつけられないほど大事なものなんですよ。
だから、
その思い出が詰まったもので、
それほど邪魔にならないものなら、
取っておいてもいいと思っています。
断捨離って、
使えるか使えないかで
残すかどうかを決める作業じゃないですからね。
それがあることで、
心がときめくか、
幸せを感じられるかどうかを基準に
取捨選択する作業ですからね。
かといって、
思い出に執着してばかりで、
やたらと何でも取っておくと、
明らかに家の氣が悪くなる。
自分自身も前に進めず、
過去に縛られることになる。
お母さんの形見の指輪とか、
お父さんの形見の時計などは、
たとえ壊れていても、
自分がこの世を去るまで取っておいたっていいと思います。
でも思い出の品を手放してしまったとしても、
魂にはその記憶は刻まれています。
宇宙のアカシックレコードにも残る。
決して無くなることはない。
その真実を胸に、
断捨離の最終工程を
しっかりやっていこうと思います。
それではまた



今日も素敵な午後を









新刊好評発売中
人生を360度豊かにできる自然パワー活用法![]()
・豊かさ ・癒し ・ご縁 ・魅力 ・女神性 ・健やかさ ・成功 ・解放 ・自由 ・クリエイティビティ etc. 自然が無償で与えてくれる豊かなパワーをフルに活用しよう![]()
![]()
