2011年3月11日、午後2時46分18秒。

名古屋のホテルの前にあるドラッグストアの中にいた私は、

珍しくめまいがするなあと思ったんです。

 

そのうち、あちこちから悲鳴が上がり、

それが地震だと気づきました。

 

やたらと長い間揺れたので、

これは結構大きな地震に違いないと思いました。

 

でもその時点では、

まさか、その地震の震源地が、

はるかに離れた宮城沖であり、

とてつもない津波が襲いかかり、

2万人以上もの人が命を落とし、

史上最悪の原発事故を招くとは、

夢にも思っていませんでした。


 

翌日に控えていた名古屋シフトスクールの発表会は、

何とか無事にやり終えましたが、

仙台で開催予定だったシフトスクールの会場は、

避難所になったため、使用できなくなりました。

仕方がないので、開催を1カ月延期し、

駅からバスで30分もかかる

屋根裏部屋みたいな会場に変更しました。

 

会場の向かい側にあるケーズ電機は屋根が落ちたままでした。

それが月を追うごとに修復され、

シフトスクールが終わるころには、

普通に営業できるようになりました。

本当によかったなあと思いました。

 

参加者の中には、

家を津波で流された人もいました。

それでも避難所から毎月通ってくれました。

 

彼女は、この地震を機に、

命があるうちにやりたいことをやらないと後悔すると思い、

それまでは母親が怖くて口に出せなかった

「本当にやりたいこと」をついに母親に伝え、

シフトスクールの開催期間中に、

ハワイまでロミロミを習いに行きました。

 

仙台でのシフトスクールは、

私にとっては、

いろんな意味で決して忘れることのできない、

思い出深いものになりました。

 

 

被災されたみなさんは、

あの状況からよく立ち上がり、

今日まで来ましたよね。

 

9年経った今も、

完全に復興したとは言えませんが、

みなさんのお力に、心から敬服いたします。

 

 

 

あの大震災だって、

日本は何とか乗り越えてきたんです。

 

新型コロナウイルスだって、

きっと乗り越えられる。

 

そう信じましょう。

 

 

 

東日本大震災の最大の教訓は、

命の尊さであったことを

今こそ思い出しましょう。

 

命を与えられているということに感謝し、

その命を大切にしましょう。

 

そして命があるうちに、

本当にやりたいことをやりましょう。

 

全惑星順行に戻った今日のこの日が、

奇しくも9年前の東日本大震災の日だったというのも、

偶然ではない気がします。

 

どんな高価なものよりも、

こうして今日も生きているということが、

最も価値あることです。

 


東日本大震災で

お亡くなりになられた方の冥福を心からお祈り致します。


そして、

あの震災によって教えてもらったことを忘れずに、

今日という日を大切に生きていきたいと思います。

 

それではまたニコニコ虹虹虹