駿太は「9番・右翼手」 オリックスのドラフト1位
 高校出の新人では唯一、開幕1軍入りした
オリックスのドラフト1位、駿太が開幕前最後の調整を終えた。駿太は「今まで通りやっていこうと思う。ドキドキ感はあるけど、やることは変わらない」
と堂々としていた。
 夜には岡田監督が「9番・右翼手」で
先発起用することを明言。
高校出ルーキーが開幕戦に先発出場するのは、
炭谷(西武、現在の登録名は銀仁朗)の2006年以来。外野手では1959年の張本勲(東映)以来で
52年ぶりとなる。(京セラ)


オリックスだけじゃなく
野球界を盛り上げてな~♩
若い選手が打てなくても全力疾走して
たりがむしゃらにボールを追いかけて
頑張ってたら活気がでると思うから☆
オリックス‐ソフトバンク開幕戦の先発メンバー発表
 パ・リーグの6監督は11日夜、テレビ朝日・ABC系「報道ステーション」に生出演し、12日に行われる開幕戦の先発オーダーを発表した。
 ◇オリックス‐ソフトバンク(18時・京セラ)
 【ソフトバンク】
遊 川崎
二 本多
中 内川
DHカブレラ
一 小久保
右 多村
左 松中
三 松田
捕 細川
投 和田
 【オリックス】
中 坂口
遊 大引
二 後藤
左 T‐岡田
DH北川
一 イ・スンヨプ
三 バルディリス
捕 伊藤
右 駿太
投 木佐貫


東日本大震災1カ月 「人の思いは奪えない」 
被災者を奮い立たせる言葉の力

 人々をさらう津波、爆発する原発に日本中が悲愴(ひそう)感に覆われた。
だが、この1カ月に被災者らが紡いだ言葉は命を助け、悲しみを徐々に和らげ、沈む心を奮い立たせた。「支え合おう日本」。
言葉には東日本大震災を乗り越える力がある。

 ◆悔いなく生きる

 「6メートルの津波がきます。避難してください」。
3月11日、宮城県南三陸町の防災放送担当の職員、遠藤未希さん(24)は津波にのまれるまで、
防災対策庁舎2階で訴え続けた。最後は声が震えていた。

 「われわれはここで生活していく。めげてばかりはいられない」。
この庁舎の屋上で手すりにしがみつき、津波に耐えた佐藤仁町長は16日、
被災時と同じ防災服姿で自らに言い聞かせた。

 「内陸へ行け!」。仙台市の交差点で仙台南署の渡辺武彦警部(58)は、
警棒を振り回しながら避難誘導し、殉職した。この誘導で助かった会社員、鈴木和美さん(26)は
今月5日、同署で涙ながらに誓った。
「助けていただいた命。悔いのないよう生きていきたい」

 津波が襲う直前、岩手県大槌町の加藤宏暉(こうき)町長は役場の駐車場で対策会議を
開こうとしていた。「寒いからもう一枚服を羽織ってこいよ」。
町長のこの言葉で東梅政昭副町長は庁舎内にとどまり難を逃れた。
町長は遺体で見つかった。

 「町長の力に及ばないかもしれないが、町民のため復興に全力を尽くす」。
副町長は公民館の災害対策本部で指揮を執る。

 20日、宮城県石巻市の倒壊家屋から高校生の阿部任(じん)さん(16)、
祖母の寿美(すみ)さん(80)が救出された。
9日ぶりに生還した息子を父親の明さん(57)はたたえた。
「口数は少ないが、前から大したやつだと感じていた」

 ◆日本の救世主に

 「これから福島原発に出動する」「日本の救世主になってください」

 19日未明に行われた東京消防庁緊急消防援助隊による福島原発への放水。
佐藤康雄総隊長は帰京後の記者会見で、妻とのメールを明らかにした。
同席した冨岡豊彦隊長は声を震わせた。

 「隊員は非常に士気が高く、みんな一生懸命やってくれた。
残された家族には本当に申し訳ない」

 大規模な救援活動「トモダチ作戦」を展開する米国のルース駐日大使は23日、
石巻市の避難所で被災者の肩を抱いた。
「できることは何でもしたい。自然は人の命を奪うこともあるが、人の魂や思いを奪うことはできない」

 インターネットのミニブログ「ツイッター」ではこんな書き込みがあった。
「停電すると、それを直す人がいて、断水すると、それを直す人がいて、原発で事故が起きると、それを直しに行く人がいる。(中略)寒い中死ぬ気で頑張ってくれてる人がいる」

 原発事故により避難指示や屋内退避の対象となっている福島県南相馬市の桜井勝延市長は26日、動画投稿サイト「ユーチューブ」で切々と支援を訴えた。

 「政府、東電からの情報が不足している。食料も足りず、市民にとっては兵糧攻め的な状況。
暮らしと命を守るため、協力をしていただきたい」。
英語字幕付きの動画は20万回以上再生された。

 今月7日、震度6強の最大余震が宮城県を襲った。
南三陸町から栗原市に避難する自営業、阿部春美さん(65)は漏らした。
「地震がどこまでも追いかけてくる感じがする」

 ◆ペンで伝えたい

 『大(槌)小6年 松橋瑞季より 今みんなができること 1、明るいあいさつ。2、進んで仕事を見つけること。3、元気に遊ぶこと。4、手あらい・うがい・健康第一!!』

 3月20日、大槌町避難所の弓道場に張り出された「スマイル」というタイトルのメッセージボード。拡声器で読み上げられ、場内に拍手と歓声が広がった。

 未来を担う子供は力強い。31日、岩手県山田町の大沢小学校で6年生が「20歳の自分」へのメッセージをタイムカプセルに入れた。祖父が死亡、祖母が行方不明の大川海渡(かいと)君(12)は手紙につづった。

 『海はとても恐ろしい。でも海はとても大切です。きれいできれいで僕はとても好き。だから漁師になってお父さんといっしょに船にのっていますか』

 双子の弟、海成(かいせい)君は手紙とペンを入れ、決意を語った。
「将来は記事を書き、このペンを使って津波の恐ろしさを伝えたい」

 仙台が本拠地の楽天の嶋基宏選手は今月2日、日本ハムとの慈善試合で訴えた。
「ともに頑張ろう、東北。支え合おう日本。
僕たちも野球の底力を信じて精いっぱいプレーします」(年齢は発言当時)
石巻・大川小の悲劇、被災時の詳細明らかに


多くの児童が北上川(上)を逆流した津波に襲われて亡くなった大川小
 東日本大震災で全校児童108人のうち7割が死亡・行方不明となった
宮城県石巻市立大川小で、被災時の状況が目撃者の証言などから明らかになった。

 児童は集団で高台へ避難する途中、すぐそばを流れる北上川からあふれた津波に
のみ込まれた。当時の様子が知りたいという保護者の要望に応えて
学校側は9日夜、説明の場を設ける。

          ◇河口から4キロ◇

 大川小は東北最大の大河、北上川右岸の釜谷地区にあり、
太平洋に北上川が注ぐ追波湾の河口から4キロ上流に位置する。
同県教委によると大川小の
児童は56人が死亡、18人が行方不明。
また教諭については当時、
校内にいた11人のうち9人が死亡、1人が行方不明になった。
校長は震災当時、外出して不在だった。

 保護者や住民らの証言では、児童は11日午後2時46分の地震直後、
教諭らの誘導で校舎から校庭へ移動した。ヘルメット姿や上履きのままの子もいた。
保護者の迎えの車が5、6台来ており、「早く帰りたい」と、泣きながら母親に
しがみつく子もいた。

 同49分、大津波警報が出た。教諭らは校庭で対応を検討。
校舎は割れたガラスが散乱し、余震で倒壊する恐れもあった。
学校南側の裏山は急斜面で足場が悪い。そうした状況から、
約200メートル西側にある新北上大橋のたもとを目指すことになった。
そこは周囲の堤防より小高くなっていた。市の防災マニュアルは、津波対策を
「高台に上る」とだけ記しており、具体的な避難場所の選択は各校に委ねられていた。

          ◇想定外◇ 

 午後3時10分過ぎ、現場に居合わせた男性(70)は、児童らが列を作って校庭から歩き出すのを目撃した。「教諭に先導され、おびえた様子で目の前を通り過ぎた」

 その直後だった。「ゴーッ」とすさまじい音がした。男性は児童らとは逆方向に走り出した。
堤防を乗り越えて北上川からあふれ出した巨大な波が、学校を含む地区全体に襲いかかった。
住民や男性の証言を総合すると、津波は児童の列を前方からのみ込んでいったという。
列の後方にいた教諭と数人の児童は向きを変えて男性と同様に裏山を駆け上がるなどし、
一部は助かった。

 宮城県沖で二つの断層が連動した地震が発生した場合を想定した津波浸水予測によると、
河口付近の高さ5~10メートルに対し、小学校周辺は1メートル未満。
だが、今回の津波は2階建ての同校校舎の屋根まで乗り越え、裏山のふもとから約10メートルも
駆け上がった。また児童らが避難しようとした新北上大橋のたもとでも、
電柱や街灯がなぎ倒されるなど津波の被害を受けた。

 「ここまで来るとは誰も思わなかった」。同地区の住民は口をそろえる。
同市河北総合支所によると、防災無線の避難呼びかけは一度きり。
同支所によると、釜谷地区全体での死者・行方不明者は住民の約4割の189人。
津波を見ようと堤防に行ってさらわれたり、自宅にとどまり犠牲になった人も多かったという。

          ◇保護者の思い◇

 県教委によると地震と津波で死亡した同県の小学生は127人で、4割以上が大川小の児童だ。8日には行方不明児童の1人とみられる遺体が見つかった。学校の周辺は今も我が子の手がかりを追い求める親の姿が絶えない。「当時の状況を知りたい」という保護者らの思いは切実だ。

 3年生の孫を亡くした男性(61)は遺体発見まで3週間を要した。「せめて何年生が、どの方角に逃げたのかだけでも知りたい。捜索にもある程度の目星が必要。みんな早く見つけてやりたい一心なんです」と語る。

 関係者から避難状況を聞き取った同市教委は「想像を絶する大津波だった。学校の判断は致し方なかったと思う」とする。市教委によると、校長が9日夜、生還した教諭から状況を聞き取った結果を保護者に伝えるという。
<東日本大震災>転入の被災企業に施設無償提供…大阪市が
毎日新聞 4月9日(土)1時35分配信
 東日本大震災で、大阪市は8日、一時的に市内にオフィスや工場を移転する被災企業に対し、
市の関連施設や賃貸工場を無償提供すると発表した。民間のオフィスを賃貸する場合は、
賃料の3分の1(上限300万円)を助成する。
いずれも来年3月末まで。

 対象は震災でり災証明の発行を受けた企業や、福島原発事故で避難勧告などが出されている地域内に事業所を構えている企業。
市関連施設の問い合わせは市都市型産業振興センター(06・6264・9800)。
賃料助成の問い合わせは市政策企画室(06・6615・6901)。
11日から申し込みを受け付ける。