明けましておめでとうございます(o^^o)
今年も たま~に気が向いた時に書いていきますので、よろしくお願いします♪
さて、今日は摂食障害についてなのですが、
私は小さい頃から太っていて、中学3年生の頃からは完全なる摂食障害になりました。
15キロくらいの増減を4回くらいしましたし、5キロの増減なら しょっちゅうです。
なぜ皆がそんなに体型が一定なのか、意味が分からないくらい、私の体型は洋服のようにコロコロ変わるわけです。
数ヶ月ぶりに誰かに会えば、ほんとにしょっちゅう
「痩せたね。」「太ったね。」
と、言われるくらいです。
で、この摂食障害、もう本当にうんざりなわけです。
それはそれはもう、摂食障害の治し方を血眼になって探してきたわけです。
でも結局は終わらない、このスパイラル。
ちゃぼ(4歳の息子)を保育園へ送り届けて、おとちゃん(1歳の息子)と二人きりになり、
そこから洗濯や洗い物や掃除をして、だいたい11時過ぎになるのですが、
そこから、もういてもたっても いられなくなって、1時間とか2時間、そこからずっと食べ続けるんです。
せっかく ちゃぼが保育園へ行ってて、ある程度自由がきくようになるのに、食べてる事によって時間も無駄だし、吐きそうなくらい しんどくなるから 動かなくなるし、何も良い事なんかないんですよね。
で、そんな自分をまた責める。というスパイラルから抜け出せない、、、。
それでですね。
もうこれは、何か 1歩踏み出すというか、突破口を見つけ出さないと!って、真剣に考えたんです。
そしたら、だんだん色々と分かってきて。
私が過食が酷くなる時って、ご飯を作る時なんです。
料理をするストレスから逃げるために食べるんです。
(ストレスを感じて交感神経が優位になると、身体は副交感神経を優位にしようとします。
咀嚼は副交感神経が優位になるために食べるのです。)
でも、そしたら365日、年がら年中過食してる筈ですよね。
しかし そういうわけでもないんです。
普通に料理して、家事して、余った時間を有意義に使って、、、なんて日も勿論あるわけです。
因みに増えた体重は こういう時期に減っていきます。
で、「じゃあ この差は何!?」って、真剣に記憶を呼び起こして、考えて考えて 分かったんです!
それは『食べ物を自分で買ったのか、他の人が買ったのか』だったんです。
ちょっとお母さんの話になりますが、
私のお母さんも摂食障害で浪費家です。
「家族の為」と銘打っては、高い食材を冷蔵庫に入りきらない程 買い漁ってました。
大人になった今思うと、多分エンゲル係数はそうとう高く、月10万円は使ってるんじゃないかと思います。
毎日両手に大きな買い物袋を持って帰って来て、家族が「買わないでくれ」といくら頼んでもやめてくれなくて、本当に嫌でした。
で、勿論入りきらない時もしょっちゅうだし、既にあるのに また同じものを買うのもしょっちゅうだし、古い物は傷んでくるから 腐ってる物が入ってるのも しょっちゅうなわけです。
で、お母さんはバンバン食べ物を捨てていくんです。
買ってストレス発散、捨ててストレス発散、みたいな。
今にして思えば「食べ物を粗末にしてはいけない」と、残した食べ物を何日も食卓に出すほどだったのに、自分は捨てまくっていて大いに矛盾しているのに、当時はそんなこと微塵も思わなかったんです。
それほどまでに、当たり前過ぎる日常の風景でした。
そういえば、45リットルのゴミ袋 2袋に、食材入れて捨ててるのを見た時は さすがにびっくりしました。
で、私は、「食べ物を粗末にしてはいけない!」と、一生懸命食べていたのです。
中学くらいになって料理が出来るようになってくると、せっせと残り物や 腐りそうな食材を使って、料理をしては食べていたのです。
でも食べても食べても買ってくる。
人参の袋や、ジャガイモの袋が3つも4つもあるのは普通。
今日はどれを捨ててどれを食べようかと、せっせとお母さんや冷蔵庫を見張っている。
レシートを持って返品しに行けば、その返金されたお金でまた買ってくる。
食事は「食べる」では無く「片付ける」と言う家族。
もはや食事は楽しんでするものではなく、義務でするものでした。
「これはお母さんの問題だ。
家族が食べて片付けようとも、食べなくても、お母さんは買ってくる。
でもお母さんはそれを問題だとは思っていないんだから、もうほかっとこう。
私がなんとかしようとしなくていいんだ。」
と、思えるようになったのは25歳くらいの時でした。
そして現在。
私とパパと子ども2人の、4人暮らし。
もうお母さんは居ない、、、、
なのに摂食障害は終わらなかったのです、、、。
パパは食品関係の仕事で、よくサンプルを貰ってくるのですが、
これが、いらない物の時に、パパに「いらない」と言えないわけです。
賞味期限ギリギリの物や、既に切れてる物を貰ってくるし、なにせ業務用だから サイズが物凄く大きいわけです。
そして、パパは料理が凄く上手で、買い物もお休みになるとするのですが、結局は忙しくて作らない事もよくある事で。
そうすると、段々と家の中が
『他の人が買ったもので溢れてる状態』
に、なってくるわけです。
そうすると料理が、
「何を作ろうかな、その為には何の食材を買おうかな。」が
「あの食材を使うには、何の料理を作ればいいか。」
になってしまうわけです。
楽しい料理が、食材を処分する為の作業へと変貌するのです。
で、冒頭に戻るのですが、私の過食が発動するのは、
パパがサンプルを貰ったり、買い物したけど使わなかった時とか、
お盆やお正月等に食べ物を貰う機会があった時だって気付いたんです!
しかもうちの冷蔵庫、パパが1人暮らしの時から使ってる、高さ130センチくらいの 凄く小さいやつだから、ちょっと入れたらもうパンパンなんですよ。
そうすると、実家にいた頃の思考の癖が蘇ってくるわけです。
「使わない物で溢れてる。
そのせいで収納が無くなる。
なんとかしたいけど捨てるのはいけない事。
なんとかしなきゃ。
なんとかしなきゃ。
食べなきゃ。」
恐ろしいですよね(-_-)
そういえば1年くらいの前にこんな事がありました。
残った冷やご飯をなんとかしたくて、チャーハンを作ったんです。
そしたら失敗しちゃって。
でも丼山盛り2杯くらいあって、捨てるにはあまりにも多すぎて、罪悪感が勝っちゃったんです。
で、丼山盛り1杯を頑張って食べて、、、
失敗したやつだから不味いし、気持ち悪いくらいにお腹いっぱいになって。
そして、机の上にあるもう1杯の山盛り丼。
これ、どうしたと思いますか?
正解です、食べました(笑)
馬鹿ですよ。
気持ち悪いって言いながら、詰め込んでるんですから。
その時思ったんです。
「これ、自分をゴミ箱にしてるよね。
ゴミ箱に捨てても、私の身体を1回通してトイレに捨てても、同じ【捨てる】なら、ゴミ箱に直接捨てた方がいいじゃん!
私はゴミ箱じゃない!!」
って。
それからは、段々と、パパがいらない物貰ってきても「私は使わないかな~。」と言うようにしたり、パパの物を「私が食べて 何とかしよう。」としないようになってきました。
で、この「私が買ったのか、他の人が買ったのか」の法則に気付いたのが、年末年始くらいの時で、まだ最近なのですが、
とにかく「何を処分したいのか」を一切考えないようにしました。
「私が何を作りたいのか」それだけを考えて、余った食材を捨てる事になろうとも、気にしない気にしない!
子どもの食べ残しも食べない。
買い物も、「高いから、もっと安上がりに」とメニュー変更しない。(結果それがストレスで食べるから)
お昼ご飯を1人だからと適当に済ませず、食べたい物をゆっくり感謝して食べる。
そうやって、自分をゴミ箱にしないように意識するようにしたら、段々と過食がおさまってきました。
まだまだ書きたい事があるのですが、かなり長くなってしまったので、今日はこの辺で。
長いブログ読んでいただいてありがとうございます(o^^o)
ではまた。