最近、私の全ての元凶が、毒親ならぬ【毒姉】だったのだと気が付いて、愕然としました。
「元凶」だとか「毒」だとか「の、せい」という言い方だと、
「あれが原因で!あれさえ無かったら!あれのせいで不幸なんだ!」という感じに思えるのですが、
そうではなくて『原因』が姉だったと気付いたという感じです。
蛇口の水が止まらないのを
「なんで水止まらないの!誰のせいなの!」というのではなく、
「あ、蛇口を締めてないからか。」と気付く感じです。
まだまだ締め方に苦戦してますが(;´Д`A
それでですね。
私はいわゆる、心屋さんの言うところの がんばる教。
1歩進んでは2歩下がり、、、
この5年くらいで 色々と考え方が変わりましたが、、、。
がんばる教の両親に育てられてきて、喧嘩したり音信不通にしたり、本当に色々ありましたが、なんだかんだで この1年くらいは 普通に会って、普通に笑顔で話せるようになりました。
それも意識せずに!
心屋さんの凄いところは そこですよね。
意識せずに、気が付いたら「な~んかうまくいってた」っていうね(^^)
それでですね。
私、いつも頭の中で声が聞こえるんです。
いつも。
皆それが普通だと思ってるんですが、聞こえないのかなぁ、、、これ、本当に謎。
片っ端から道行く人に聞いてまわりたいくらい。
私はもうずっとそうだから、それが普通で。
でもその声っていうのが、基本的に味方ではないわけです。
ずっっっと、私のやる事なす事、全てを否定してくるのです。
例えば、料理中だとすると、
「あー、疲れてるから ささっと出来るレシピにしよっかなー。」
「は?じゃあ やらなきゃいいじゃん。」
「でもずっと弁当にしてるから、簡単でもいいから手作りも作りたいんだよねー。」
「は?なんでやりたくないのに やるの?今日も弁当にすればいいじゃん。」
「パパとか子どもも最近よく疲れるって言うし、やっぱり弁当ばっかは体調崩すよ。」
「そんなん知らんて。ほかっときゃいいじゃん。なんで人の為に頑張ってんの。」
もー、こういう感じで、起きた時から寝る時まで、ずーーーーっと会話してるわけです。
いや、喧嘩してるのです。
ものすっごく疲れます。
たまに、会話してる人そっちのけで、頭の中の声と会話してたりします。
頭の中の声を1回感服させないと、声がうるさくて実生活の方の会話が出来ないからです。
で、話は姉に戻るのですが。
元々はもう べったりな姉妹関係でしたが、
ここ10年くらいは、お互い同棲やら結婚やらで頻繁に会えなくなって、
年に1、2回帰って来るので、その時にがっつり会ったり、
電話もしょっちゅうしてました。
ただ、物凄く高圧的で、「私が正しい」って感じだから、だんだんと やっぱりストレス溜まってきて、電話もしなくなってきました。
3日おきとかだったのが、1ヶ月に1回とか3ヶ月に1回とか半年とか、、、。
「どうせまた怒られるわ」と分かってても電話する時もあれば、やめておく時も増えてきて、
で、こないだ はっきりと「嫌だ、喋りたくない!」って思ったんです。
「色々ストレス溜まって、話聞いてもらいたいけど、どうせ ああ言うだろうなぁ。
こう言うだろうなぁ。」
って思った時に、
あれ、あれ、あれれれれ、
それって いっっっつも頭の中で聞こえてる声だ!!(O_O)
って。
愕然としました。
だって、頭の中の声は私自身の声だと思ってたから。
私が私を否定してるからだろうって。
あ~~、お前かぁ。
そうだ、そうだ、そうだ、、、
思えば、お父さんお母さんには、色んな事言われたりされたりしてきたけど、
私の子育てだけは否定してこない!!
「誰も知ってる人のいない所へ1人で来て、周りに受け入れられて、子ども2人を頑張って育てて、本当に凄いよ!
本当に偉いと思う!
よくやってるよ!」
って、会うと必ず2人して労ってくれるんですよね。
お父さんお母さんは3人育てたんだから、更に凄いよ!って毎回言うのですが(*^^*)
お兄ちゃんも子ども2人いて、年に2回会うくらいですが、1度だって私を否定したり軽く扱ったりした事はないんですよね。
「俺はほんっとに お前は凄いと思うよ。」って、サラッと言う かっこいいお兄ちゃん。
で、、、お姉ちゃん-_-
「そうだ、そう言えば、今まで散々我慢してきたけど、お姉ちゃんって ずっとそういう態度だった。」
って気付いた時、正直ね、
てめー、このぼけかす!!
お前ら全員でストレスのはけ口にしやがって!!ふざけんじゃねーぞ!!
って、泣きましたよ。
私の両親はがんばる教で、
「もっとがんばれ。
出来て当たり前。
出来ないのは駄目なやつ。
人には迷惑かけるな。」
っていうのを、物凄く強烈にしたような人でした。
言葉の暴力も酷かったし、拳で殴られてたし、口ごたえなんか 以ての外でした。
当然お兄ちゃんも同じようにされてたから、その行き場のない怒りは5歳下の私へ向かいました。
お兄ちゃんからも言葉の暴力や、殴られたり、まぁなにせ酷かったです。
(この事は後に話し合って和解しました。)
で、お母さんは典型的な妖怪かわいそうで、
「あんたは駄目な子だ。
かわいそうな子だ。
だから私が何とかしなきゃ。」
と、負の呪いをかけてくるタイプでした。
何かあったら
「どうせ私が嫌いなんでしょ。
私のせいでしょ。
私を否定するんでしょ。」
と、罪悪感を植え付けてくるような人。
で、この3人との色々な事を、心屋仁之助さんや、和久田ミカさんや、はるちゃん岡田さんを知って、この5年くらいで だいぶ腑に落ちてきて、、、
あぁ、私が罪悪感抱かなくていいんだ。
好きなことやって、嫌なことやめて、自分をもっと大事にしていいんだ。
とか、色々と分かってきて、、、
でも頭の声だけは いつまでも消えなくて、、、
そんな矢先の発見で。
(いや、むしろ必然だったのかな。
色んな他の問題が無くなってきて、やっと他へ目を向ける余裕が出てきたから、起きるべくして起きたのか。)
お前だったのかー!!
って、もう長年蓋をしていた感情が、わーーっと出てきて、腹立つやら悔しいやらで、泣けてきました。
姉は心屋さんとか、はるちゃん岡田さんも好きで、
で、私にいっつも色々指図してくるんですよね。
私が歯向かわない事を知ってるから。
向こうも向こうで、私と基本的に同じ考え方を知識として持ってるから、
例えば私が
「あ~、本当疲れるよ。
茶碗洗ったり、洗濯したり、ご飯作ったり。
やりたくないよ。」
って言うと、
「じゃあ やらなきゃいいじゃん。」
って言うんですよ。
「やらない時もあるけど、3日とかやらないとさ、さすがにお皿とか服とか無くなってくるから、洗わなきゃいけない時がくるでしょ。
今がまさにそれ。それが大変って事。」
って言うと、
「旦那にやらせりゃいいじゃん。
当たり前じゃん、そんなの。なにを「俺はやらなくていい」って やってんの。やらせなよ。」
ときて、
「1日18時間とか働いてるんだよ。帰って5時間くらい寝てまた仕事行くのに、言えるわけないし、言ったとしても出来ないよ。」
って言うと
「は?出来るよ。やらせなよ。なんなら仕事辞めればいいじゃん。」
まさに頭の中の会話。
ほんと反吐が出る。
で、ですね、こういうのを本当、吐き捨てるような言い方で言うんですよ。
会話の頭、全てに「はっ。」「はぁ?」がついてるって言うくらい。
で、私が言いたいのはですね。
「疲れた」=「何もしたくない」ではないって事です。
『やりたくない事』の裏に隠れた『やりたい事』に気付かないと、
やりたくない事をいくらやめても、問題は解決しません。
例えば、私で言うと。
「疲れた~。家事やりたくない。」に隠れたやりたい事は、
「子どもとパパといる時は楽しみたい。」なのです。
だから子どもやパパといる時は、自分が何もしなくていい状態でいたいのです。
嫌な事にフォーカスせずに、ありたい自分にフォーカスするのです。
実際、そうすると、家事は さほど嫌では無いし、それでも嫌な時に、お弁当買ったり、洗濯やめたりすればいいのです。
「みんなといる時は楽しめる状態でいたいから、やる事を終わらせときたい。」って目的が
「何もしたくない。」になっちゃってて、
本末転倒というか、目的と手段が逆転しちゃってるっていうか。
で、もう1つ気付いて。
むしろ こっちの気付きのが私的には大きかったのですが。
『子育ては疲れる、大変だ!!って、
言わせろーーー!!!!』
姉は、私が「大変」とか「疲れる」とか言うと、
「そうか?」
って言うんです。
いやいやいやいや、この肉体を操っている他でも無い本人の声なのに、「そうか?」って、何!!?
これ本当に腹立つわけです。
姉はよく
「だって私は自由だから」って言うんです。
『自由』である事が良い事みたいに。
「私だったらこうする。
あなたもやれば?え、出来るよ。え?やれないの?」
と、見下す事に快楽があるような言い方なんです。
だけど、これって物凄く矛盾してるんですよね。
「楽すれば?嫌な事やめれば?好きな事しなよ。
でも疲れたは言わせん。」
姉の主張ってそんな感じなんですよね。
「好きな物食べなよ。
は?腹減った?んなわけないじゃん。」
みたいな。
これ、前回のブログの「まず、ママが幸せに」に繋がるのですが、
他の国は
「子育てって大変。だから助ける。」が、
日本は
「子育てって大変。だから頑張る。だからお前も頑張れ。」なんですよね。
姉は更に最悪で
「子育てなんかやらなきゃいいんだよ。
だって大変なわけないんだから。」
って感じなんですよね。
なんかもう、心屋さんや、はるちゃん岡田さんに感化され過ぎて、
「もうやらなきゃいいじゃん!
やらない者勝ち!
やらない事こそステータス!
なに頑張っちゃってんの?
はい、お前だめー。」
みたいな感じなんですよね。
でね、これの何が腹立つって、子育てした事ないのに、私が絶対的に正しいんだ!って言い方されるのが、本当に腹立つんです。
子育てって疲れるんですよ。大変なんですよ。
そこに「良い、悪い」のジャッジは無くって。
美味しい物食べたら「美味い!」だし、
花を見たら「綺麗」だし、
ろくに寝ずに子ども2人追いかけ回してたら「疲れた」なんですよ。
なんで「疲れた」って言って怒られなあかんの?(笑)
言ってる事無茶苦茶やん。
で、「私は子どもがいたら自由に育てれる。」とか言ってるくせに、
近所の公園の子どもがうるさいって、バット振り回して行くって、、、
そんなやつが よー言うわ。
説得力もクソも無いわ。
今までずっと、私はパパに「疲れた、しんどい、やりたくない」アピールしてきてました。
でもパパは「やりたくない事はしなくていいよ。ご飯も作らなくていいよ。
はじめちゃん自身を大事にする事が、子どもを大事にする事なんだから。
自分を1番に考えてね。」
って、よく言ってくれてるのに、
すぐ「疲れたアピール」をしてしまう私。
なんでだろって思ってたら、やっと謎が解けました。
そりゃ、あんだけ抑え込まれたら、出口なくなるから、溜め込んだのが
「疲れてんだってばー!!」って出るよね。
で、「この頭の声はお姉ちゃんか。」って気付いて、それでもまだ聞こえ続ける声に言いました。
お姉ちゃん。
お父さんお母さんに、色々言われてきて、辛かったでしょ。
私に「私が正しいんだ!」って言いたいでしょ?
でも私は「そっかぁ、そっちはそういう考えなんだね。でも私はこういう考えなんだ。」しか言えん。
あなたと同じ考えにはなれないよ。
「こうしろ」って操ろうとしないで。
、、、って言って気付きました。
姉は操ろうとはしてないのかなって。
「早く私みたいな考え方になれるといいね」とか、ふざけた事ぬかす時あるけど、
「こういう考えになれ!」ってしようとはしてないかな、って。
一生懸命、自分の正しさとか、優劣を主張してるけど、それを
「そうだね」と言うのも
「そうなんだ」と言うのも
はたまた「違うと思うよ」と言うのも、
その選択肢は私が自由に選べばいいわけで。
なんか、姉が小学生の時のあの表情を思い出しました。
「ほら、お父さん、お母さん、私のが凄いでしょ?」
と、得意げになった後、私を軽蔑の眼差しでちらっと見るあの表情。
姉はきっとあの時のまま、必死に戦ってんだろうなぁ。
「そっかぁそっかぁ、お姉ちゃんはそう思うんだね。
でも私はこう思うんだよ。」
と頭の声に言っていこうと思います。
長文読んでいただいてありがとうございました(o^^o)
また進展ありましたら書きます。
では。