目標は目標を立てない事。のんびり、のほほん(o^^o) -13ページ目

目標は目標を立てない事。のんびり、のほほん(o^^o)

2児を育てながらの発見を書き書き

こんばんは。
お久しぶりです(o^^o)

約1ヶ月ぶりの更新ですが、最近は物作りにはまっていて、ブログをすっかり書かなくなってました。

日々過ごしてる中で 色んな事が起こって、色んな事に気付いて、愕然とする事もあるのですが、、、

前は「この事書かなきゃ!書きたい!」と思ってたのですが、あまり前ほどには強く思わなくなっていました。

1つには私がブログを書くのが遅いからです(笑)
書き出すと3時間くらい携帯とにらめっこです。
2人の子どもがいながら捻出する3時間はかなり きつくもあり、書き終わった後には どっと疲れきって、家事もその日は何もしなかったりします(;^_^A
押し間違えでブログを消しちゃった時なんかは泣きそうになります(涙)


そしてもう1つは、これは最近しみじみ思ったのですが、
時間がゆっくり過ぎるようになったからです。
前から私は、何か嫌な事があると
「あ~、やだな~、悲しー。」と感じた後は、それが通り過ぎるように、ただ流れてくようになればいいのにと思っていたのですが、多分今そんな感じなのです。
その嫌な出来事に固執しなくなったと言いますか、、、。

子どもも私に比例するかのように落ち着いてきて、お互いの関係も上手くいっていて、家族全体がとても上手くいってると思います。


それで、「これって私が自分のやりたい事をやってるからだなぁ。」って思って、なんだか書きたい気持ちがむくむく出てきたのです(^^)

心屋仁之助さんや、和久田ミカさんや、はるちゃん岡田さんが、
「やりたい事をやって、やりたくない事をやめなさい」
「もっと自分を大切にしてください」
と言ってるのを、やっとやり出せてると言うか、、、。

良い意味で、今まさに自分勝手なのです。
裁縫とかの物作りをしてると、寝る瞬間まで
「あれを作ろう。ここをこうして、あれをこう縫って、、、。」とか考えていて、没頭のし過ぎで他の事を考えていないのです。

昔、昔、
「やらずにはいられない事って何?」と聞かれ、
「趣味は」と答えると、
「趣味じゃなくて、やらずにはいられない事だよ。それをやらないと いてもたってもいられない、やらずにはいられない事だよ。」と言われ、その意味がよく分からず、

そして「もしそれが分かって、やり続けられたら幸せだろうなぁ。」と思いました。

以来、ずっとずっと頭の中に漠然とその言葉があって、今やっと分かったのです。

「無の中から物を創り出すのは、なんて面白いんだ!
私が存在しなかったら、これもこの世に存在してないのか。
私がゼロから創り出したんだ!」

それがなんとも快感で、面白い世界なのです。


そしたら嫌な事があった時に、そこにエネルギーを注ぐのが本当に本当に馬鹿らしいというか、勿体無くなって、
嫌な事を考えないというよりも
『好きな事をやったり、考えてたら、結果として嫌な事は考えてたなかった』
となったのです。



そして思ったのですが、やっぱり私はお父さんもお母さんも大好きだったのです。

あれだけ「妖怪かわいそう」とか、色々謎解きの様に父母に固執して、あれやこれや一生懸命考えて考えて考え抜いて、、、
そこに莫大なエネルギーを注いできました。

そのエネルギーはやっぱり、

『なんであんな酷い事したの?
なんで分かってくれないの?

大好きなのに!』

なのです。


今日、お父さんと話す機会があり、3時間くらい話してたのですが、前なら5分も話すともう限界が来るほど怒り心頭だったのですが、
今日は1つに腹立っただけでした。

それも前なら
「あぁ、私はこれに腹立って、でも本音はこっちで、これが悲しかったからで、
お父さんにはお父さんの向き合うべき問題があって、
だから私が考えなくてもいい事であって、、、」
と、延々と自分に言い聞かす感じで、
感情に飲み込まれそうな自分を、無理矢理やり込もうとしてる感じでした。

でも今日、
「あぁお父さん怒ってるなぁ。」
と、感情が右から左へ さらっと流れて勝手にどっかへ行ったみたいにして終わったのです。



きっと今までの私は暇人だったのです(笑)
あれだけ父母の事に時間を使ってました。

うん、暇だったのです(笑)(;^_^A



今日お母さんの事も考えたのですが、
私のお母さんて、もう本当に典型的な妖怪かわいそうで、
いつも「自分が嫌われてる」と思ってるし、
自分が嫌われてる原因探しや、自分を責めてる人探ししてて、いつも怒ってて悲しんでて、卑屈になってて、、、

で、それってやっぱり暇だからなんですよね。

んー、暇というより、自分の事を考えたり大事にする事をさぼってると言った方がいいのかな。

いつも人の問題に首突っ込んでて、当事者同士もう済んだ話でも、部外者のお母さんがずっと口出ししてたり、

当事者の私が忘れてるような話を、部外者のお母さんがまだ怒ってたり。

まだ燃え続けてるように、薪をずっとくべてるって、相当なエネルギーで、
そしてやっぱり暇じゃないと出来ないんですよね(・_・;


もう半年くらい前に、ちゃぼ(4歳の息子)の保育園継続が不可能かもという話が出て、結果大丈夫で、今も通ってるのですが、
その「不可能かも」という原因が区役所にも一因があったんですね。
でもまぁ結果として継続出来たわけだし、区役所の言い分とか事情も分からんでもなかったから、
私達家族は「まいっか、結果オーライだね。」と、終わった話として すっかり忘れてるのに、
お母さんはいまだに怒ってるのです。

私は目が点になるほど「は?」状態です。

当事者の私達がなんとも思ってなく、そもそも悪意も意図的な事も無かったのに、
全く関係の無いお母さんが怒ってる。
それも半年ほど経つのにいまだに。

「お母さんには極力何も教えんどこ」と思ったのですが、

まぁ何せ、こういう事がしょっちゅうで。

その無関係の怒りの炎に、ドン引きしてしまう事多々です。


で、これってやっぱり、自分の事を考えてないからなんじゃないかな~って思ったのです。

「あの人が私を怒らせた。」
「私の何が気に障ったのか。」
「あの人のせいで、私のせいで、、、。」
他人軸だなぁって。

たぶん人って、それほど人に影響は与えられないし、私達にはそんな影響力はないのです。

同じ事言われても、傷付く人もいれば喜ぶ人もいる。
何も気付かない人もいれば、何気ない一言に感銘を受ける人もいる。
きっとそれって、そこにアンテナを張ってるからなのです。
勿論、だからと言って、何でもかんでも酷い事でも人に言っていいという意味ではないのですが。




と、つらつら書いてたら、やっぱり2時間くらい経ってました∑(゚Д゚)
そしてやっぱり最後はお母さんの話へ行き着きますね(笑)



では、また何か書きたくなった時に(^^)/~~~