今日も自分語りの回になりそうです。
良ければお付き合いください。
前回、父のことを少し書きましたが、今回はもっとその背景を掘り下げたいと思います。
結論から見たい方は◎◎◎◎◎の中身は飛ばしてください。
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父は六人兄弟の3番目で唯一の男でした。
この時点で実家の農業を継ぐことは決定しているようなものですね。
特に、女手一つで兄弟を育ててくれた母を置いて出ていくという考えは持っていなかったと思います。
田舎の農家。特に昔はそれが当然だったと思います。
祖母は若くして未亡人になり、子供たちをっ育てなければなりませんでした。
その当時は祖母の舅、姑、小姑、など大所帯でしたので、さぞ大変だったと思います。
叔母たちが、祖母に頭が上がらないのはわかる気がします。
祖母はとても気の強い人で、農作業をして収穫したものを町に行商に行き、自分で家を建てたそうです。
そんな家に21歳で嫁いできた母もまた大変だったそうです。
今回は詳しくは語りませんが、嫁姑、小姑の問題で結構大変だったようです。
そんな中でも愛情を注いで育ててくれました。
母方の祖父は婿養子で、60代の時には脳梗塞で半身麻痺と言語障害で、僕の記憶にはほとんど元気だった姿は記憶にありません。
祖母は結婚当初祖父のことが本当に嫌だったそうで、でもまあその時代、家を継ぐことはとても重要なことというのはわかりますし、家に縛られてきたのかな。
と思います。
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田舎というのはいろいろな縛りがあると思います。
特に無駄にと言うと語弊がありますが、歴史のある家になるとなおさらです。
うちの父もその縛りを潜在的にも実際にも受けていたのでしょう。
僕の兄の名は孝一郎といいます。
家で親孝行をするようにとつけられた名前です。
僕は英二郎といいます。
英語の英ですが、意味合いとしては栄えるで、次男なので外へ出て栄えるという意味でつけてくれたそうです。
この名前は父が結婚する前にすでに決めていたそうです。
僕はこの名前は好きだったのですが、
”お前は外に出ろ”と追い出されるようなイメージを持っていました。
今回このように振り返ってみたのはある方のセッションを受けて、自分の両親と祖父母からくる家系的な”業(カルマ)”を見ていただいたからなのです。
そこで自分の名前と父の潜在意識を感じてみると、
兄には”家”で責任を果たす自分
僕には”外”で自由に自分の生き方をする自分
を投影していたのではないかと思ったのです。
お前は外に出ろ
から
カルマにとらわれず、自分の人生を生きろ

に意識が変わったとき、父への申し訳なさと、感謝でこみあげてくるものがありました。
これは僕の思い込みかも知れません。
父がそこまで意識していたのか、本人にもわからないでしょう。
ただ人生の精神的苦難のほとんどは思い込みからきているかもしれません。
悩みのほとんどもはたから見ると大したことがないように、
自分で問題だと思っているだけかもしれません。
この思い込みや幻想、妄想が、その枠組みを、見方を変えたとき、人は救われるのだと思いました。
少なくとも僕は今回の家系のカルマを知るセッションを受けて、
今まで以上に父への感謝や、先人たちの苦労と努力によって今の自分ができていることに気づきました。
もちろんもっともっと深い気づきの世界はあるのでしょうけど、
気づくことで、心からの幸せを感じました。
「人生の目的は、幸せに気づくこと」
この言葉の意味がまた少し自分の中で深まりました。
このように人が幸せに気づくお手伝いができることを学んでいるって、
本当にありがたいことだと改めて思います。
まだまだ未熟ですが、今の僕でとしか気づけない人がいるかもしれません。
「心の浄化」気になる方、練習に付き合ってくれる方ご連絡お待ちしております。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。

