
昨日、歯医者で。
施術用の椅子に座り待つ時間。
グラウンディングしようと、かなり身体を前にずらして座っていた。
歯科衛生士のお姉さん。
私のところへやってきた瞬間に
「深くこしかけてください」
わかってるーーー(※)
あまりに速攻
あ、順番がきた、と体勢を直す前に言われたの。
以上は事実。
この物語りにどんな意味をつけ
何を感じるかは
ひとそれぞれ。
(※)は私の反応であり感情だね。
NLPでは
どのようにその結果を手に入れたか
アプローチを見直す。
自分が望む成果を得るには
何を変えればいいのかをみつける。
自分のコミュニケーションの成果が
自分が得た現実。
目の前の相手が見て聞いて感じること
どのようにそれをしているかを
相手になって見て聞いて感じる、なんてこともする。
グラウンディングでは
ただただ自分と共にいる。
自分自身と深くつながりながら、ただそこにいる。
その人の最善が今起こっていることを見ながら。
自分と共に、世界とともにいる。
変わらなくてはいけないことはない。
ただ、グラウンディングしながら
そこに居続けることで
変わることがある。
NLPを学び
自由を得た。
それは
自分自身とのコミュニケーション
他者とのコミュニケーション
世界とのコミュニケーションを
ひもとく。
言葉を通して
言葉以外のコミュニケーションを通して
何を選択しつづけ
何に焦点をあて
何を自分にもたらしているか
自由も不自由も。
どのようにそれを手に入れたか
自由も不自由も。
成功も失敗も。
そして失敗はない。
あるのはフィードバックのみ。
自分のコミュニケーションスタイル
それは誰かとの会話
ということも、もちろん含まれるけれど
例えば
朝、どのように起きるか?
それもコミュニケーションのひとつ
と捉える。
そのプロセスを細かく見て、ひもといていく。
どのようにアプローチしているか
何を見て聞いて感じているか。
その結果、どんな現実を手に入れ続けているか。
その結果、どんな物語を語り続けているか。
自分自身に。
目の前の人に。
世界へ差し出すものとして。
あるいは宇宙へのリクエストとして。
もしもそれが過去形であったとしても
繰り返せば繰り返すほど
物語は現在へと繰り返される。
そして物語を成すパターンはより強固になってゆく。
リクエストしたつもりじゃないものが
リクエストとして宇宙に届いてしまう。
では、どうすればいい。
前提を変えるんだ。
物語の前提をね。
すでに、そうであるところを生きる。
すでに、そうであることを受け入れることによって
物語が変わるんだ。
何かの結果、行動の結果、物語が変わるのでなく
何を選択するかが物語りをつくっていく。
今、この瞬間、この手に何を現実としてすくいあげるか。
今、この瞬間、どこに光をあててどんな物語を語りはじめるか。
結果はそこに内在している。
NLPは
脳の取扱い説明書
コミュニケーション心理学
とも呼ばれている。
グラウンディングは
自分との繋がりを深めるスキル。
グラウンディングしながら
心とカラダの反応を感じることで
そこにある
快、不快の感情を
ひもといていく。
何がほんとうの気持ちで
何がそうではないか。
ただ自分と繋がりわかる。
たとえば
ガマンするというパターンがあったとしよう。
それは、私のパターンだったのだけれど。
このパターンというのは
反応であり選択であり行動。
面白いのは
それは身体の癖としても刻まれている、ということ。
それを意図して参加したのではなかったけれど
今年のはじめに参加した
アレクサンダー・テクニークのワークショップでも
それをはっきりと感じた。
誰かを押すよりも
ガマンする方が得意、だった。
耐える女。
言われていたんだ、高校の頃。
耐える女と(笑)
そして
プリミティブなガマンする、というパターン。
それがあると知ったのは
昨年の6月。
それは、とても幼い頃のことだった。
今回、コースに参加して
コースの中で
またその間にグランディングを深める中で
言語獲得期以前
プレバーバルの時期までを
グラウンディングの中で体感し
どのようにガマンするという反応、
選択をするようになったかを理解した。
そして、そのことから解放された。
すると次に起こることは
何か。
私は私の内なる創造性
私の中にいるアーティストと出会った。
それは
今この瞬間自分の中から生まれるものに
忠実になるということだ。
自分が望むことをする
自分の本質だと感じること
それをすることが喜びであり
世界へ差し出すことができるもの
そう感じていること
それを内なる情熱とともに行動していく。
一番の深みにその火がともったんだ。
だから
あの言葉は私の中に残りつづけていたんだ。
時々、意識の上に浮かんできた言葉。
それは
小学校の図工の先生が
卒業のサイン帳(と呼ぶのだったかな?)に
書いてくれた言葉。
のりちゃん
思ったこと
やりたいことを
もっと、バンバンやれ!
自分にとって
意味の有る言葉というのは
ちゃんと受け取るものなんだね。
どのように
それをするのか
わかっていなくても
奥深くでは、きっと応援し続けていたのだろう。
そして
さらにその奥深くにある
なぜに、ガマンする反応を選択をするようになったか
というところ
そこまで辿りつくことができた。
それは
幼いながらにもやると決めた使命だったんだ。
その使命にそって選択した
ガマン
ある次元では、そのことに私の魂は同意していた。
そして、その使命をやり終えたと感じる頃に
ちゃんとそれを手放すんだね。
人生の巡り合わせに、ただただ感謝。
もしかしたら、生まれてくる前に決めてきたのかもしれない
そのことをやり終えたことにただ感謝。
出会い、導いてくれた人たち
支えてくれた人たち
包んでくれた人たち
今、ともに歩んでいる人たち。
今、命とともにあり
つながりあっているね。
ここから。
そして
歩いていくよ。
今までとまったく違う景色をみながらね。
ありがとう。
今までも。
これからも。
秋の空が広がっている。
ぽっかりと白い雲。
沢山の愛がここにある。