被災地入りしました | さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ

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相模原に今もなお住み続け毎日が冒険、笑いと涙で、日々成長、成功していく男の人生記録を綴ります。

18日の夜出発で、宮城県女川町へ

視察と物資のお届けを

エコレグループ木下社長

9名と車2台で行ってまいりました。


テレビで散々光景は見てきましたが

現実を目の当たりにしました。




さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ-被災地5



空襲にあったかのようにすべてがなくなっている状態です。


さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ-被災地4



鉄骨のビル系は残っていたりするところもありました。

ビルの屋上に車が乗っています。





さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ-被災地3




自衛隊の活躍で道路には残骸がなく、

スムーズに走れる状態でした。





さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ-被災地2



今回は市町村の正規なボランティアセンターなどは

とおさず、仲間内の個人的なつながりから

現地でボランティアとのパイプ役をして頂いている方と

連絡を取り合いながら活動させて頂きました。

その方のご自宅も被災されこんな状況でした。





さがみっぱらで笑いと感動を与える男のブログ-被災地1



女川町の集落で、物資を広げ始めると、

どんどん人が集まってきてバザー状態で

皆さん、物資を受け取っていきました。



当初、支援するに当り、物を持っていっても

すでに溢れているのではないか?

また、しっかりとしたセンターを通さず、

中途半端にやることで逆に地元住民の方の

気持ちを害してしまうことはないかなど懸念はありましたが、


皆さん、非常に喜んで頂いて予想とはまったく違いました。


確かにテレビで出ているような避難所は物資が溢れていますが、

自宅避難民の方もいて、そのような所には

物資が行き届いていないのが現状のようです。



特に田舎の集落でお年寄りも多く、買い物をしたくても

買いにいける場所が近くにない、交通手段がない、

などしばらくの間はインフラが整うまでは不便が続きそうだなと

思いました。




住民の方といろいろ意見交換をしていて、


ティッシュやタオルなど日常雑貨はもちろん必要ですが、


できれば、お野菜や、缶詰、お米などが欲しいという

声も聞こえてきました。


あと、いろいろ話をしてくれるおばあちゃんがいて、

どことなく嬉しそうな感じが伝わり、



やっぱり、それぞれが孤独で、このような

話せる場がもっと必要なのではないかと感じました。



これから継続的に支援活動をしていこうという部分においては

物資のお届けにとどまらず、



例えば、人が集まって楽しめるような

縁日、お祭り、など簡単なものを企画しても

喜ばれるのではないかなと感じました。



震災から2ヶ月が過ぎ、皆さんの表情からも落胆は

見えず、頑張っていこうという気持ちが感じられました。



我々も、同じ日本人としてできる支援をひとつづつ

やっていきたいなと思います。