こんにちは、あなたも人生をサバイブできるようになる!
札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。
色々な人の文章を目にすることがあります。
たまたま目に付いた文章。
その中で、「思考と頭の良さ」について触れていたのですが。
掻い摘むと、
高学歴の人ほど鬱になりやすいデータがある
理由として
考える練習を小さいころから積み重ねてきた
↓
考えすぎる
↓
悪い方に思い込む
↓
「なんで私ばっかり」と考える
(或いは、最悪の事態を頭に思い描く)
筆者はこれを「賢い人あるある」であると考えている。
また、
気楽な思考をする人は幸せを感じるのが得意である。
でも、気楽な思考をするにはプライドが邪魔をするものである。
で、筆者は「学力よりも人間力」であると締めているんだけど。
これって偏見に感じちゃうんだけど。
高学歴だろうが何だろうが、
「自分ばっかり」と言ってる時点で、賢い訳ないでしょって。
本当に賢い人や、考え抜ける人は、
「なんで私ばっかり」で止まることないですから。
自分に対して、「それは本当にそうなのか?」と考えるでしょう?
あと、プライドって自分の望みに対して邪魔をするものではありません。
それはただの意・固・地!
プライドは望みを貫くための剣です。
「高学歴≠賢い」
知られていると思ってたんだけどなー。
賢い人の中には高学歴の人はいるよ。
でも、高学歴の人の中に賢い人がいるかどうかはわかんないよねー。
そんで、筆者は学力と人間力を同列に扱っているけど、
人間力の中に学力って内包されているんでないの?
人の中の限られた要素に振り回されて、どーのこーのって、
人をラベル付けして見るのは楽しいんでしょうか。。
ただ単に、私の考えと違う人なだけならいいんだけど。
なにか違うものを感じてしまうんだよねー。
言葉の裏側の心の動きを見ようとしてしまうのは・・・
職業病?
うん、きっとそうだな(笑)。