こんにちは、あなたも人生をサバイブできるようになる!
札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。
私は人見知りが激しい子供でした。
親はそう思っていました。
5歳になっても、よく顔の知っている親戚が
近づいてくるだけで大泣き。
それに対して、父は私を𠮟りつけていました。
「5歳にもなって恥ずかしい」と。
あらかじめ会う前に
「今日は絶対泣くな」と言われているので、
しばらくは、じっと堪えています。
堪えているのをいいことに、
近寄ってきて、話しかけてくるのです。
触ってくるのです。
無理やり作った笑顔で。
作り笑顔も度が過ぎるとどのように見えるか
皆さんの記憶にはありますか?
道化師の顔は、化粧によって、
どのような表情にも捉えられるようにしていますね。
道化師が笑顔を作ったつもりでも、
目が笑っていなかったら、
表情筋が引きつっていたら、
口元がへの字にゆがんでいたら、
本当の気持ちはどういうものだと捉えますか?
私には、その作り笑顔は道化師の仮面のように見え、
本当の気持ちは 笑顔とは遠いもののように感じていました。
気持ちと表情の違いが とても気持ち悪いものに見えていたのです。
だからと言って、父にも母にも
そんなことは言えませんでした。
なぜなら、言わないことで
父のプライドと母の身を守らなきゃ、と
私は思い込んでいたからです。
親戚の前では、私はうっすら笑顔で
何も話さないようにしていました。
(ある年齢を境に、
反動で親戚に口撃するようになってしまいました)
未だに、その親戚の前では、
ほとんどしゃべりません、というか
最低限挨拶のみです。
実は、人見知りと思われていた私は、
親戚関係以外の大人とは普通に話すことができました。
そう、人見知りではないんです、私。
他所のお家に上がり込んで、おやつなどご馳走になりながら
いろんな話をご近所スピーカーよろしく、
しゃべりまくっていたのです。
本当の人見知りの子は、
そんなことしないでしょう?
うちの両親は知らなかったんでしょうね、
娘の本性。
人見知りの本当の理由。
そして今も、私は見ています。
表の皮とその内の表情。
両者の乖離度。
段々面の皮も厚くなってきたようで、
小さな頃ほど、逐一モニタリングしている訳ではありませんが。
成長したので、
自分のアラームが鳴れば
すっと離れていくように。
さすがに大泣きするわけにいきませんから(笑)
ここまで書いて―
こんなことを何で晒そうと思ったのか
忘れてしまった(コラー)
今日は着地点のないまま
おしまい 🎵