こんにちは、人生をサバイブできる人になる!
札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。
大人も子供もとても恐れていること、それが「失敗」。
どうして失敗を恐れるんでしょう?
・・失敗はいけないことって思っているから?
・・失敗すると、誰かに迷惑かけてしまうから?
・・失敗したら、お友達にどう思われるかわからないから?
・・失敗したら、会社にいられなくなる?
・・さらし者にされてしまうのが嫌だから?
・・失敗する自分を認められない?
・・自分の人生に失敗なんて入れたくない?
・・本当はよくわかっていないけれど、なんとなく?
今ね、小学生どころか幼稚園や保育園の子供たちだって
「失敗しないように」って頑張っているんですよ。
「上手にできるように」「成功するように」じゃないの。
子どもたちが、自分が失敗をして困るのは誰と考えているのでしょうか?
園の先生も然り、親も然り。
「周りに迷惑かけないように」
「(世間に対して)きちんと育てなければならない」
実態の見えない視線があちこちに注がれていて、
その標的にならないようにって、先生も親も一生懸命育てていますよね。
ただね、「実態の見えない視線」だからね。
本当に存在するのかどうかはわからないんですよ。
(ちょっと社会人用の脱線)
失敗したときに誰かには迷惑は掛かるのは、事実。
けれども、それは「実在する○○さん」に対してであって、
訳のわからない誰かではないでしょう?
「実在する○○さん」には、謝ったり、善後策を行ったり、具体的にフォローを行うことができ、
それを含めて○○さんが今後の付き合いを考える訳で、
その結果がどちらに転んでも、できる限りのことをしたのだから致し方ないよね。
もし顧客をなくしちゃったのだったら、また新しい顧客を探しに行こう。
その時に、「失敗から見つけ出したこと」もしっかり織り込んで、
同じ失敗を二度とやらかさないような仕組みを作ってね。
もしかしたら、○○さん戻ってきてくれるかもよ。
(脱線終わり)
キャリア教育を行う目的の一つとして、
「実社会に教師はいません。教師のいない社会で生き抜けるように子供を大人に成長させる」
というのがあります。
言い換えると、
「社会には庇護してくれる傘はない。失敗しても挽回して生き抜け!」です。
ただ、先生方も子供たちを失敗させないように、成功体験を増やそうと
均一に大事に育ててくださっているので・・・
子どもたちは失敗経験が少ないまま社会へ飛び立ちます。
そして、失敗からのリカバリー法を習得していません。
当然ながら、失敗に関してどうしていいのかわからないので、
不寛容な態度をとってしまいますね。
学校にいるうちに、失敗する体験を数多く経験させてほしいのです。
家庭でもできますが、社会環境に近いのはやはり学校。
学校の活動内でしたら、先生だって失敗を見守ったり、
いよいよ危なくなりそうであれば、そこで警告を出すことも可能です。
そこから、失敗した本人だけでなく、迷惑を受けた側、周囲、
それぞれに学ぶこと、今後に生かしていくことを身に付けることができるのです。
そして、失敗は恐ろしいものではないこと、リカバリー方法があること、
自分も含め誰でも失敗することがあって、
行動を修正してもらわねばならないこともあるが、決して人格の問題ではないこと
を理解することができます。
↑これが理解できていれば、社会や会社で人のせいにして、
挙句の上、揚げ足取ってギャーギャー言う人は減ると思うのですがね。。。
失敗を取り返すことができないのは、
自分・他人の心身生命財産を脅かす場合に限られていると思っていますが、
私が甘いのでしょうか?
実態の見えない視線