こんにちは、人生をサバイブできる人になる!
札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。
2日ほどブログをお休みしていました。
新しくホームページを立ち上げるためです。
あと数日?数週間?で完全移行を目論んでいます。
そちらでも、ここで書いたブログを読めるようにします。
さて、「拳を振り上げる時」どんな時ですか?
すごく腹が立ったとき、許せないときという答えが多いでしょうか?
で、無事に(?)振り下ろしたものは、もうね、結果がどうであれ、実行しちゃったから。
場合によっては、長いこと振り上げたままになっていること、あるんですよね。
言う訳にはいかないと思っていたり、言おうと思うだけで胸が苦しくなって言えなかったり。
そのうち、ずぅーーーーーっと拳を振り上げっぱなしだってことを忘れるんですよね。
でも、頭の片隅ではそれを記憶しているから、なぁーんかおかしな気持ちになるわけで。
たいしたことではないはずなのに、やたらとカチンときたり。
世間とか常識とかを振りかざして、他人をジャッジしようとしたり。
苦しいですよねー
「振り上げた拳を下ろしたら、楽になる」
信じられますか?
自分には、そんな怒りはないとおっしゃる人がいます。
長いこと振り上げポーズでいたので、その姿に慣れてしまっているんですよ。
自分の奥にある怒りや悲しみがずーーーーっとそこにあるから、
特に意識もしない。
プライベートでも、問わず語りでいろいろと聴いていると、
なんかコリっというか、ゴリっというか、そういう物に触れることがあります。
それに対して、「~で、それに対してどう思ってんの?」と尋ねると、
いろんな反応が返ってくるのです。
それこそ、絶句してしまったり、急に泣いてしまったり、激しく怒ったり・・
ただ、私はその気持ちを丹念に聴いていくだけ。
根本的な解決はできないけれど、ちょっとだけ気持ちが楽になるようで。
自分の本当の気持ちに触れることで、振り上げた拳の正体がわかる。
時には、拳を下ろす先がもうなかったりもする。
でも自分の気持ち、時には感情に任せて口に出すことって、大事だよね。
何度かに分けてでもいい。
言い切ることができたら、何かが変わる。
拳を上げる角度も下がっていくだろうしね。
この世界の悩みの大半は人間関係から生じているのは、よく知られている。
でも周囲の環境を変えられないから、みんな悩んでる。
変えられるものはないから、(不本意だけど)我慢するって。
一つ変えられるものがあること、忘れてる。
周囲がどう変わろうと変わらないのに、自分の力で変えられるもの。
それは自分。
自分が感じた事をどう捉えて、どう行動するか。
感じ方は変わらない、けれどそれの捉え方が変わったら、行動は変わる。
私はその専門家ではないから、過去の記憶の捉え方を根本的に変えたりはできないけれど。
世の中には、こういう捉え方をしている人もいるっていうのは伝えることができる。
そして、そういう人たちは決して特別な人じゃなく、普通にいる人だということも。
私も数十年振り上げていた拳を下ろしました。
子どものころから振り上げていた拳。
下ろす機会は何度もあったのに、下ろしたくなかったし、
今下ろしたら損だ!と思っていた。
でも気づいてしまった。拳を下ろしても、自分の価値は変わらないこと。
人に少しくらい寄りかかっても、大した問題ではないこと。
そして自分を許したら、自動的に周囲を許せたこと。
拳はスルスルと下りてきました。
今は、その拳を心の中に納めて、熱意として使っています。
私が関わる人たちに、自分の人生を望むように生ききってもらえるように。
あなたも人生の主導権を自分の手の内に収められますように。