自分の人生を生ききるために -16ページ目

自分の人生を生ききるために

ライフキャリアをこれから立てていく小中高校生をはじめ、女性・男性、就業の有無に関わらず、「自分で選択したように自分の人生を生ききる」ことができるように、一緒に考えていきましょう。大丈夫、あなたの中にできる力は備わっているから。

こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 
 札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。


子育てに対して、いろいろな所から手を差し伸べようと
活動をされている人たちがいます。


いいことです。うん、いいこと。
でも、良いことなのに、利用しない人がいる理由を
考えたことがありますか?


情報が届いてないから?
遠い場所だから?
逆に周りに手伝ってくれる人がいるから?


どれもそうです。
だけど、近くに施設があっても、情報を知っていても、
周囲に頼れる人がいなくても、
育児に辛い思いを抱いているのに、
支援に手を伸ばしてこない人は、どうしてなのか考えたことありますか?
本当は支援が喉から手が出るほど欲しいのに。


私の産前産後約3ヵ月間の話をします。
私は、出産前から気持ちがピリピリしていました。
産院の母親教室でバースプランを書いただけでは、
きちんと扱ってもらえるのか不安で
助産師さんたちと数度打ち合わせまで行いました。


でも、義母からの産後の手伝いは断りました。
これが実母なら断らなかったのか?いいえ、即答で「いらない」と間違いなく言ったでしょう。


出産後、分娩に時間のかかった私は予想以上に
体のダメージが大きかったのですが、助産師さんにすら何も言えず、
既に精神的に参っていました。
思っていたことは「退院したらどうやってやっていけばいいの?」
不安で不安で、熱でも出て退院延期にならないか、
そんなことばかり考えていました。


帰宅した退院日からすぐに、壁にぶち当たり始めます。
毎日というより、毎瞬間、どうしたらいいのか、
ただひたすら恐くて、狂いそうでした。
赤ちゃんから目を離すわけにはいかない、
赤ちゃんを泣かせるわけにはいかない、
赤ちゃんが訴える「不快」は即座に取り除かねばならない。
そして、誰からもジャッジされてはならない。


それでも、支援を求めはしませんでした。
精神的に限界を越えていた、越え過ぎた故に、
分厚い殻の中で過ごそうとしていました。
生後1カ月くらいに保健師さんが家庭訪問しますが、
それも無視。
人が家に来ること自体、耐えられなかったのです。
最初の電話だけ、少し話しましたが、訪問日時に話を持って行かせず、
それ以後は居留守で。
電話になんか出ている場合じゃない。
泣いたらどうするのか。
電話の呼出音で起きたらどうするのか?という思いから、
着信音は鳴らさなくなりました。


その時の思いは、
仮に来てもらうとしても、来ている途中で泣いたらどうしたらいいのか、
来たときにミルク飲ませていたら?
おむつを取り替えていたら?
寒い玄関口に赤ちゃんを連れて行くの?
第一、保健師さんが赤ちゃんに触れるなんて、あり得ない!
評価されるなんて耐えられない!
来ないで!来ないで!来ないで!


野生の動物のお母さんと同じような、知らない者が近付いたら、
我が子を食い殺してしまいそうな、そんな感じでした。


しばらくすると、保健所から本隊がやってくるようになりました。
家庭訪問をさせない危険な親と見なされたのでしょう。
ピンポーン
「保健所ですが、こちらに赤ちゃんはいますか?」
「いません」
「この近所にいると聞いたのですが、ご存知ありませんか」
「知りません」
こんなやり取りを何度もしました。
玄関のチャイムは音を消すことができなかったので、
最小にしました。


こんなでしたから、食事も1日1食、音を立てないように、
温めもしませんでした。
お手洗いも限界まで行かず、赤ちゃんの側に座り続け、
毎時間ごとの赤ちゃんのバイタルを記録し続けていました。
テレビもラジオもつけず、ほとんど音のない部屋の中で母子2人。


ゆっくり体を横にすることもない産褥期、当然ながら、体の回復は遅れていました。
産院で行う母体の1カ月後の検診、
ほとんど問診で終わることもあって、
模範解答して終わりました。


ツケは大きかったです。体調は2年以上戻るまでかかりました。


いま自分で振り返ると、そこまで思いつめなくても、
と思いますが、あの時の選択肢は
1つしかやはりないなと感じています。


家に人を入れたくない、人に子育てについて何も言われたくない。

一言で言うなら、「評価されたくない」

そのためには、欲しい支援も断ろう。
そういう思いからでした。


私みたいなのは、めったにいないハズ。
でも、何らかの理由で、支援に背を向ける人がいる。


支える側の人に伝えてほしい。
支援、たっぷり受け取るのも断るのも自由。
受け取って当たり前と思わないで。
断ったからといって、関係を断ち切らないで。
ジャッジはしないで。少しでも裁かれると思ったら、離れてしまう。
支援が届かなくなってしまうから。


一番の支援は、思いを共有することです。
そして、評価しないこと。
それをわかりやすく相手に伝えること。
何があっても、赤ちゃん優先でいいこと。
評価したいのではなく、やりやすくなる方法を一緒に考えたいこと。


支援は欲しくても、手が伸ばせない人にまで届けられるよう、祈っております。

こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 
 札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。

※書いている途中で気づきました。今日のは途中からひたすら自分の腹が立った話です。

一般化させる文章修正が行えません。だからと言って、出すのを止める気もありません。

申し訳ありませんが、愚痴を見せられるのが嫌な方は、今日はお帰り下さいませ_(._.)_

明日はまた違うことを書くと思いますので、またおいでくだされ。





コミュニケーション、顔を突き合わせていても、難しいものです。

ましてや、文字だけのコミュニケーションは、
表情は見えない、

感情を想像できる声も聞こえない、

更にどんな状況で読むのかわからない、

ナイナイ尽くしのコミュニケーションです。



受け手の解釈で、どうとでもとれる文章。
送り手は、少しでも自分の伝えたいニュアンスを送ろうと、
絵文字やスタンプを付けて、少しでも柔らかく伝えようとします。


それでも起きるミスコミュニケーション。
中高生だけじゃない。

この歳になっても、ちぃーっとも!なくならない。



仕事の文章ではこんなこと起きないんですよ。

どんなに丁寧に「恐縮ですが・・」「何卒・・・」と書いても、

所詮は要件のみ。

感情が入っているような文章でも、あくまで形式。

形式を守ることが、互いの摩擦を必要最小限に留めてくれる。



ところが、個人的なメールやSNSに返事やコメントを書くとなると、

いろいろ起きるわけです。

よりによって、微妙な距離の人とね。



私はこうしてるっていうのを書くけれど、みんなそれぞれのやり方があると思うの。

ただ、こういう付き合いで、とても心を痛めてる人がいるから、

「こんなやり方も(極端だけど)あるんだなー、少しは生きやすくなるのかなー」って

感じてもらえればいいなって。



とっても仲が良い人との行き違いなら、返事のコメント書くときに、

「~書いてあったけど、こういう意味でとらえてしまった・・」と書いたり、

ストレートに「これはどういう意図なのか?」と聞いてしまうとか。

「少しでも誤解があるなら解きたい」ことを全面に出して、

話すこともできるわけで。

たいがい、省略されている言葉の捉え方が違ったりとか、

もう一度丁寧に書いたら、すぐに分かり合えるようなことで、

互いに、文章は省略してはいけないところがあるねー、で済むの。



逆に、全然親しくない人で、

今後もご挨拶以上の関係にならないだろうと考えてる人だったら、

「ありがとうございます」書いて終わり。FBだったら、いいね!押して終了。

それでもなんやかんやと入ってこようとしたら、ブロック(ミュート)決定。

余裕があれば、メールアドレスでもアカウントでも新規に取ってもいい。




大変なのは、親しい親しくないにかかわらず、今後のこと考えたら無碍にはできない人。

上司とか先輩とか、あと、家族、親戚関係とか。

ブロックもミュートもするわけにはいかない人たちね。

(気づかれると厄介なことになるものね)

丁寧にコメント入れてくれるのね、そういう人って。

だから、ただ「ありがとうございます」だけじゃなくて、

「あなたのお蔭で~」とか「新たにこんなことが分かりましたー」とか、

一応書いておくじゃない。


社交辞令で。

(本気で感謝しているときは、文章だって長くなるし、何たって文章の『熱』が違うよん)


裏は「もう十分なんで、ここから先に入ってこないでね」なんだけれど。

この先のことも考えるから、ソフトランディングできるように書くじゃない。

そうすると、また返事くれるのね。


すっごい正論で。


さらりと、「(あなたにはできないだろうけれど)自分はできる」

「こういうことは当然のこととしてわきまえておくべき」という

ニュアンスのマウンティングしてくる。

正論って、人を傷つけんだよ。

「こちらこそありがとうございます」「お役に立ててうれしいです」という返事すれば、

どちらにとっても良い感じで終われるのにさ。



私はそういう人と距離を置くとか、会わないとか、とにかく頭の中から存在を消す。

あまりにも腹が立つ時は、抗議文書いたり、顔突き合せてガンガンに言いまくったり、

逆に完全無視したり。子供じみた方法は承知の上、ただしやり口は大人として徹底的に。

誰に対しても良い人でいる気はない。そこははっきりとさせないと。

ストレスで倒れても、その人たち何にもしてくれないからね。



もちろん、気持ちが落ち着けば、そういう人は反面教師でもあるから、

自分の内省に使う材料として利用させていただきます。

また、このようにブログのネタとして(*^-^*)

タダでなんか起きやせんよ。




文章でのミスコミュニケーションを防ぐ方法って、

これからも絶対の方法は出てこないと思う。

そしたら、起きてしまったことに対して、

どうやって対処するかなんだと思うの。



顔を合わせて話せる友達だったらさ、その場で判断しないで、

顔を合わせて直接聞いてみようよ。

今後、仲良くならなくてもいい人だったら、スルーを続けていけば、

むこうも興味をなくすよ。



簡単に関係を切れない人には、最低限の礼儀で済ます。

会うことのある人だったら、「実際に顔を合わせた付き合いの方がいいですよね」とか

言って、付き合いの比重を変えるとか。

余りにも暴走されるようだったら、冷徹な鉄拳を(笑)

自分の心を守ることを優先して、ブロックするもよし、

新しいアドレス・アカウントを作って友達に新規登録してもらうもよし

(「友達関係と分けたんです」とか、「仕事用のものです」とか言っておけばいい)

何も私のように武闘派(?)にならなくても、やり様はいろいろあるから。



今は受け手側の話ばかりだったけれど、同時に送り手でもあるのだから、

優しく優しく文章を送ってくださいね。

そして、誤解を招いていると思ったら、早くにもう一度自分の言いたかったことを

お相手に伝えようね。時間が経てば経つほど、心は収縮して頑なになってしまうから。



はー、すっきりした(*^^*)


こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 
 札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。

※書いている途中で気づきました。今日のは途中からひたすら自分の腹が立った話です。

一般化させる文章修正が行えません。だからと言って、出すのを止める気もありません。

申し訳ありませんが、愚痴を見せられるのが嫌な方は、今日はお帰り下さいませ_(._.)_

明日はまた違うことを書くと思いますので、またおいでくだされ。





コミュニケーション、顔を突き合わせていても、難しいものです。

ましてや、文字だけのコミュニケーションは、
表情は見えない、

感情を想像できる声も聞こえない、

更にどんな状況で読むのかわからない、

ナイナイ尽くしのコミュニケーションです。



受け手の解釈で、どうとでもとれる文章。
送り手は、少しでも自分の伝えたいニュアンスを送ろうと、
絵文字やスタンプを付けて、少しでも柔らかく伝えようとします。


それでも起きるミスコミュニケーション。
中高生だけじゃない。

この歳になっても、ちぃーっとも!なくならない。



仕事の文章ではこんなこと起きないんですよ。

どんなに丁寧に「恐縮ですが・・」「何卒・・・」と書いても、

所詮は要件のみ。

感情が入っているような文章でも、あくまで形式。

形式を守ることが、互いの摩擦を必要最小限に留めてくれる。



ところが、個人的なメールやSNSに返事やコメントを書くとなると、

いろいろ起きるわけです。

よりによって、微妙な距離の人とね。



私はこうしてるっていうのを書くけれど、みんなそれぞれのやり方があると思うの。

ただ、こういう付き合いで、とても心を痛めてる人がいるから、

「こんなやり方も(極端だけど)あるんだなー、少しは生きやすくなるのかなー」って

感じてもらえればいいなって。



とっても仲が良い人との行き違いなら、返事のコメント書くときに、

「~書いてあったけど、こういう意味でとらえてしまった・・」と書いたり、

ストレートに「これはどういう意図なのか?」と聞いてしまうとか。

「少しでも誤解があるなら解きたい」ことを全面に出して、

話すこともできるわけで。

たいがい、省略されている言葉の捉え方が違ったりとか、

もう一度丁寧に書いたら、すぐに分かり合えるようなことで、

互いに、文章は省略してはいけないところがあるねー、で済むの。



逆に、全然親しくない人で、

今後もご挨拶以上の関係にならないだろうと考えてる人だったら、

「ありがとうございます」書いて終わり。FBだったら、いいね!押して終了。

それでもなんやかんやと入ってこようとしたら、ブロック(ミュート)決定。

余裕があれば、メールアドレスでもアカウントでも新規に取ってもいい。




大変なのは、親しい親しくないにかかわらず、今後のこと考えたら無碍にはできない人。

上司とか先輩とか、あと、家族、親戚関係とか。

ブロックもミュートもするわけにはいかない人たちね。

(気づかれると厄介なことになるものね)

丁寧にコメント入れてくれるのね、そういう人って。

だから、ただ「ありがとうございます」だけじゃなくて、

「あなたのお蔭で~」とか「新たにこんなことが分かりましたー」とか、

一応書いておくじゃない。


社交辞令で。

(本気で感謝しているときは、文章だって長くなるし、何たって文章の『熱』が違うよん)


裏は「もう十分なんで、ここから先に入ってこないでね」なんだけれど。

この先のことも考えるから、ソフトランディングできるように書くじゃない。

そうすると、また返事くれるのね。


すっごい正論で。


さらりと、「(あなたにはできないだろうけれど)自分はできる」

「こういうことは当然のこととしてわきまえておくべき」という

ニュアンスのマウンティングしてくる。

正論って、人を傷つけんだよ。

「こちらこそありがとうございます」「お役に立ててうれしいです」という返事すれば、

どちらにとっても良い感じで終われるのにさ。



私はそういう人と距離を置くとか、会わないとか、とにかく頭の中から存在を消す。

あまりにも腹が立つ時は、抗議文書いたり、顔突き合せてガンガンに言いまくったり、

逆に完全無視したり。子供じみた方法は承知の上、ただしやり口は大人として徹底的に。

誰に対しても良い人でいる気はない。そこははっきりとさせないと。

ストレスで倒れても、その人たち何にもしてくれないからね。



もちろん、気持ちが落ち着けば、そういう人は反面教師でもあるから、

自分の内省に使う材料として利用させていただきます。

また、このようにブログのネタとして(*^-^*)

タダでなんか起きやせんよ。




文章でのミスコミュニケーションを防ぐ方法って、

これからも絶対の方法は出てこないと思う。

そしたら、起きてしまったことに対して、

どうやって対処するかなんだと思うの。



顔を合わせて話せる友達だったらさ、その場で判断しないで、

顔を合わせて直接聞いてみようよ。

今後、仲良くならなくてもいい人だったら、スルーを続けていけば、

むこうも興味をなくすよ。



簡単に関係を切れない人には、最低限の礼儀で済ます。

会うことのある人だったら、「実際に顔を合わせた付き合いの方がいいですよね」とか

言って、付き合いの比重を変えるとか。

余りにも暴走されるようだったら、冷徹な鉄拳を(笑)

自分の心を守ることを優先して、ブロックするもよし、

新しいアドレス・アカウントを作って友達に新規登録してもらうもよし

(「友達関係と分けたんです」とか、「仕事用のものです」とか言っておけばいい)

何も私のように武闘派(?)にならなくても、やり様はいろいろあるから。



今は受け手側の話ばかりだったけれど、同時に送り手でもあるのだから、

優しく優しく文章を送ってくださいね。

そして、誤解を招いていると思ったら、早くにもう一度自分の言いたかったことを

お相手に伝えようね。時間が経てば経つほど、心は収縮して頑なになってしまうから。



はー、すっきりした(*^^*)




















私は、友達一杯が好きな人間ではないので、みんなにいい顔を見せようとかはない。

だから、割り切って仕事の時だけ付き合う人とか、全く没交渉の人とかができても

あまり気にしないので、