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自分の人生を生ききるために

ライフキャリアをこれから立てていく小中高校生をはじめ、女性・男性、就業の有無に関わらず、「自分で選択したように自分の人生を生ききる」ことができるように、一緒に考えていきましょう。大丈夫、あなたの中にできる力は備わっているから。

こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 

札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。


スキルとマインド、

どちらも大切なものですが、 

あなたにとって、重要なのはどちらでしょうか? 

…と聞くと、 「マインド」と答える人の方が多いのかな。。。



私が書いているブログでも、 

マインド(側のこと)を取り扱う方が多いのですが、 

本当にどちらか選ばなければならないのだとすれば、 

私は「スキル」を選びます。



キャリアというのは人生の生き様だとか、 

自分の持っている力を信じろとか、 

言っているのに?



・・・言っているからこそ、 

スキルは必要不可欠なのです。 

夢見る夢子ちゃんでは、 

なぁんにもできないっしょ?!



自分が望むように生きていくには、 

「戦略」が求められます。 

そして、具体的に行動するための 

『スキル』が必要です。



気持ちがどんなにあっても、

スキルがなきゃ・・・ 


人には伝わらないし、

あなたの思うようにならないし。



そしてもう一つ、 


スキル→マインドは移行しやすいのだけれど、 

マインド→スキルは難しい。




 店員さんを例に考えてみましょう。


お辞儀一つ、包装一つとっても、 

型を正確に行うことで 

サービスとしてお客様に提供されますよね。



極論、気持ちは何にも込めなくても 

正しく行うことはできます。


スキルが上がっていくと、 

周りが見通せるようになってきて、 

お客さまとのコミュニケーションや 

さらなる能力向上を目指し、 

自己研鑽などを通じて心も育っていく。


つまり、 

スキルの上達からマインドが育つことがある。




 では、逆ではどうでしょうか。



気持ちは溢れんばかりにあります。 

お客様に喜んでいただきたい、 

この一心で。



初心者マークが付いているうちは 

微笑ましく見てもくれるでしょう。 

少なくとも一生懸命に見えますから。



ただね、一生懸命だけれど、 

行動が伴っていない状態で 

店頭に長らく立たせておくことは 

店側もお客様側も困ります。


店に入ってきた途端、元気なあいさつと共にくっついてきて、

商品を手に取れば

「そちら人気の商品です」の一言だけ。

でも、

商品説明ができなかったり、

在庫を確認しに行ったきり、なかなか戻ってこない。

戻ってきたと思ったら、

「サイズは幾つですか?」

包装を頼んだら、何度もやり直し。

レジは覚束ない。

これで勤続5年目。

「ワタシ、この仕事楽しくてー」

嫌味か何かかと思いましたよ💦



マインドをいくら良くしても、スキルの上達には繋がらない、


マインドを見せるには、 

スキルを使って見せなきゃならんのですよ。



心を込めなくても、笑顔は作れます。


内心、「けっ!」と思っていても、丁寧なお辞儀はできます。



 心持ちではなく、行動で人は評価をします。



納得させる行動をとることで、 

自分のマインドを伝えることができ、 

人を動かし、 

望みを叶えていくことができるのです。



マインドとスキル、

サンドウィッチのように交互に挟み込んで、

分厚い自身を

お見せしていくのはいかがでしょうか?


こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 

札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。


たまたまネットニュースで見て。 

タレントさんというのは、 

仕事ぶりだけではなく、

家庭事情まで 色々と揶揄されるのだな、と。 


お子さんのいらっしゃるその方。 

普段は別居していて、 

お子さんは祖父母宅に住んでいる。 

かと言って、全く会わないわけでもなく。 

学校行事はもちろん、塾の送迎も行っていて、 

ほぼ毎日会っている。 


親御さんは、 

「将来海を渡っても、生きていける能力を身に付かせる」 

ことを主眼に置いて、育てているとのこと。 

 これは、「育児放棄」なんだろうか? 

お子さんは幼児ではなく、ティーンエイジャー。


 これって、

一般家庭でも 

同じように言われるんだろうか?



それとも、そうせざるを得ない 

「かわいそうなご家庭」扱い?



うーん(゜-゜) 

学校と友達と自分の親だけの価値観にしか 

触れられないよりいいんじゃないの? 


少なくとも、ネグレクトではないよね。 

だって、お子さんの心を突き放しているようには 

見えないの、私には。



親と一定の距離が取れることって、 

自分を考えるうえで、 

すごく大事なことだと思うのだけれど。 

過干渉よりずっといいじゃん!


でも、叩かれちゃうんだね。 

よそのお家のことなのにね。 

見えないガラスみたいなので 

型に入れるんだよね。 



でもね、 

「そういう話の基になる考えって何ですか?」 

って聞いても、答えてもらえない上に、 

 「生意気だとかなんとか」って 

さらに話題がすり替えられて 

叩かれるのね。



しつこく言うけど、 

他所のお家のことよ。 

直接何かされたわけでもないのに。



・自分の知らないこと 

・なんとなく規範と思っていること 

・他の影響力のある人が言ったからという理由で 

鵜呑みにしていること  


これらが正しいと無条件に信じて、 

それ以外は、すべて排除しようとするのね。


答えは一つでないと、不安なんだね。 

そして答えを導き出す方法も一つなんだろうね。



 私がメインストリーム好きじゃないのもあるんだけれど、

 仮に答えが一つでもさ、 

求め方くらい面白そうな方法を見つけたい。



他の人が、自分の知らなかった方法で 

求め方を見つけたら、 

それは称賛に価するし、 

もし見つけられなかったとしても、 

その姿はやっぱり称賛するなー。 



人がさ、

自身の信念のもとで 

行動してるわけじゃない。 

上手くいくのかわからない、 

自信はない。 

時には足だって震える。 

一歩だって動きたくないときもある。 

それでも行動し続けて。



そういう人に対して、 

片手分にも満たない知識だけで 

ジャッジすることは 

自身の思考の枠や 

知識知恵の量の軽さを 露呈しているだけと。



ベルトコンベアに乗る人生を 

選ぶことを 

嘲笑ったりしないけれど。


他所様にまで 

ベルトコンベアに乗るように 

強要しなくてもいいよね。


 

あなたの自信のなさを 

誰も笑ってないから。 

心配しないで。

よそ様も

あなたを攻撃しないから。


こんにちは、人生をサバイブできる人になる! 

札幌のライフキャリアガイドの小島 麻子です。


優しい人、ぃや、優しすぎる人。

大事なことまで他人軸で生きてしまう人。

他人にも親切で、

さらに自分も大事にしているつもりの人へ。


昔話を1つ。

あるサークルで、お世話になった時の話。 



とても皆さん親切だった。 

悪い人なんていなかった。 

でも、私は逃げた。 

どうしてもその場所にいられない、 

いることで自分がいなくなるような気がしたから。



私と周りの人の根本的な価値観が違うことは、 

入ってすぐに気が付いた。 

相容れないことを踏まえて 

人間関係を築いていけるのかと思ったけれど、 

笑顔で変容するよう圧を掛けられているようで 

最初はほんの少しだけ引っ掛かりを感じた。



でも、それ以外はとても親切で 

サークルの空気とやらに逆らわずにいれば 

過ごしやすい環境のようにも思えた。 

穏やかに過ごすこともできるかな…? 

そんな風に考えた時期もあったけれど、 

気付いてしまった。 



活動内容は楽しかったし、 

従うふりをしてやっていくことも 

できなくはなかったけれど、 

心が侵される環境に 

自分を置いておくことを 

私は許可できなくなった。 



正しいとか正しくないとか、

世間の常識とか、 

判断する観点はいろいろある。 

それ以前に、あなたと私は全く別の人間。 

「あなたたちの幸せの形を 

 私にインストールしようとしないで」



親切から出ていることも分かっている。 

この考え方で、 

この人たちは幸せに過ごしているのだろう。 

だから私にも言っているのだろう。



気持ちがわからない、と言う訳ではない。 

かと言って、分かり合おうとすることは 

相手の幸せの世界に嵐を吹かせることだと 

分かっている。 

互いの世界があって、 

そこは不可侵でいいじゃないかと、

離れれば、それぞれの幸せが担保される。



だから私はその世界からサークルから逃げた。

最初は追いかけてこられた。 

でも遠くまで逃げて逃げて逃げて 

ふと気付いたら、 

遠くまで逃げたら疲れると思っていたのに 

心身共にとても元気になっていた。



遠くまで来て、 

改めて自分を感じたら 

逃げるまでの心身の不調は消えていた。

(昔話ここまで)



そんなことできない、と言う。

みんな仲良くしないと…

子どもや夫の人間関係に影響が出る

自分以外の他人に対してだけ

気を遣い、

肝心の自分をないがしろにしていますけど?



誰が悪い訳でもない、 

ただ、自分の心のアラームが点灯したときに 

どう反応するのか?

次にどう行動するのかという話。



自分の根っこが抜けたり腐ったりしそうな時は 

誰が何と言おうとも、 

誰かの期待に応えなくてはならなくても、 

誰かを喜ばそうとしていても、 

自分の根っこの滋養に専心したほうがいい。



後で、これまでとは違う形で 

期待に応えることも、 

喜ばせることも、 

それ以上のこともできるのだから。



心のアラームは、自分が気に掛けなければ

段々音は小さくなるし、

光も弱くなる。

対応しなければ、

心も必要がないことだと、反応しなくなる。



麻痺してしまった心で

感覚の鈍った頭で

鉛のように重い体で

あなたは幸せを紡いでいくのか。

それはあなた本来の人生なのか。



誰も

あなたの代わりにあなたの人生を

歩むことはできない。

あなたを満足させる人生を見せることも

あなた以外にはできないのだ。



あなたが笑っていなければ

あなたが大事に思う人たちは

笑顔でいられないのだ。



あなたの心の1丁目1番地

毅然とした姿勢で

抱えて生きていってください。