15年前、バリ島の我が家のアパートが営業開始、様々な試練が
待つ神々の島バリ島、日本人の美徳である努力、礼儀正しさと謙
虚さ、そんなものがバリ島で通じるのは初対面の時だけ、言葉の
壁を乗り越えても繰り返し現れる新たな壁、話すことすら嫌にな
るバリ人的思考回路なのだ。
和太郎がチェンマイへ移住する少し前、仕事で関わるバリ人との
商談をすべて従業員のマーリンに任せ、和太郎の仕事は経過を聞
き最終の判断をするだけ、従業員マーリンが想定外に交渉上手な
のに驚き、和太郎の仕事量とストレスも激減した。
↓タイ製造のグリコのアイス北海道メロン
そんな発想の転換が良い結果を生み、コロナ禍以降、バリ島の我
が家のアパートとビラはフル稼働、倉庫となっていた部屋も改装
し入居者がいる状態、経営的にも資金が循環し、倒産の危機は免
れたかも知れない。
一見、順調に見えるバリ島の和太郎のアパート経営だが、儲かる
金額は発展途上国インドネシアの価格、サラリーマン時代と比べ
月収ベースは大幅ダウンだが、和太郎のチェンマイでの労働時間
は僅か月10時間、時給換算ではバブル景気を大きく越えた。
バリ島を離れチェンマイで暮らし始めて約5年、和太郎はバリ島
ではすでに昔の人となり、アパートとビラの経営も残すところ約
5年、何事も無かったように世間から忘れられるのが希望である。