バリ島の我が家のアパート(数年後) | 和太郎のチェンマイ逃亡記

和太郎のチェンマイ逃亡記

約20年のサラリーマン生活から脱落、無職で常夏の国の生活
に憧れ2008年11月インドネシアのバリ島へ移住し11年滞在、
インドネシア人気質が嫌いで脱出を決意、2019年10月タイの
チェンマイに引っ越し、穏やかな国民性と街の心地良さが気に
入り住み着いてしまった。

15年前、バリ島の我が家のアパートが営業開始、様々な試練が

 

待つ神々の島バリ島、日本人の美徳である努力、礼儀正しさと謙

 

虚さ、そんなものがバリ島で通じるのは初対面の時だけ、言葉の

 

壁を乗り越えても繰り返し現れる新たな壁、話すことすら嫌にな

 

るバリ人的思考回路なのだ。

 

 

和太郎がチェンマイへ移住する少し前、仕事で関わるバリ人との

 

商談をすべて従業員のマーリンに任せ、和太郎の仕事は経過を聞

 

き最終の判断をするだけ、従業員マーリンが想定外に交渉上手な

 

のに驚き、和太郎の仕事量とストレスも激減した。

 

 

↓タイ製造のグリコのアイス北海道メロン

 

 

そんな発想の転換が良い結果を生み、コロナ禍以降、バリ島の我

 

が家のアパートとビラはフル稼働、倉庫となっていた部屋も改装

 

し入居者がいる状態、経営的にも資金が循環し、倒産の危機は免

 

れたかも知れない。

 

 

一見、順調に見えるバリ島の和太郎のアパート経営だが、儲かる

 

金額は発展途上国インドネシアの価格、サラリーマン時代と比べ


月収ベースは大幅ダウンだが、和太郎のチェンマイでの労働時間

 

は僅か月10時間、時給換算ではバブル景気を大きく越えた。

 

 

バリ島を離れチェンマイで暮らし始めて約5年、和太郎はバリ島

 

ではすでに昔の人となり、アパートとビラの経営も残すところ約

 

5年、何事も無かったように世間から忘れられるのが希望である。