昨日書いたコレ、なんか反響いろいろ。




人はそもそも種のように、
咲かせる花や実らせる実が決まっている。
というはなし。




なのでマンゴーに
「ここはリンゴ畑だからリンゴとして育て!」
というのはナンセンスだけど、





加えて本当はリンゴなのに
自分で「自分はマンゴーなんだ!」
思うのは不幸だよね。と





またはリンゴなのに
「マンゴーになりたい!」
と憧れるのも非効率だよね。と





そんな会話をしてて、
「でもマンゴーかリンゴか
自分じゃ実はなかなか分からない物で
どうやったら分かるのか?」とも







つまりコレって
自己認知の話なのかなぁ、と。





Who am I?
自分が何者か?

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結局、それって



自分がなにが好きで、何が嫌いで

どんなシーンによろこびを感じ、
何に悲しみを覚え

どんなことなら集中でき、
どんなことは苦手なのか

何が快で、何が不快で


どんな姿になりたいか




そんな1つ1つが
形作るのかしら。と。






それが結果、わたしの望みは
アップルパイ🍎になることだったのか
マンゴープリンになることだったのか




と腑に落ちるん。たぶん。






ちなみに
世の中でもてはやされているもの
うーん例えば、

若くして稼ぐ投資銀行やら
コンサルやら、商社マンやら、
はたまたベンチャー社長やらは




「そのどんな姿になりたいか」
に当てはめられやすいのだが





メロンパフェが世の中で
もてやはされてるからって、
 
 


パフェがりんごの
ベストな形とは限らんからね。




アップルプリンってちょっとうーん、、?だけど
マンゴープリンはみんなのアイドル



マンゴーパイにはちっともキュンとしないけど、アップルパイはみんな大好き。



メロンに火なんて通そうもんなら、
あんたバカなの?となるから
やっぱりメロンパフェ






なんて言うか、、、
ほんとに「その姿を表すこと」が
自分も世の中も、
本当にハッピーなことなんだろうな。