人間関係って難しいけど、
ひとつこれはずっとやり続けよう!て
思うことがある。





親子
夫婦
友達
上司部下
彼氏彼女





人間関係を括る名称は
なんでもいいんだけど。





よりよい人間関係のベースとして
関わってくれた人には
ギフトをあげよう!て思ってる。



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ギフトって物質的なプレゼントじゃない。
生きる上での燃料みたいなもの。





人間て唯一自分の目で確認できないのが
自分の姿、行動で。
そこに対する不安なり、未知感て
凄まじい






親も個性にフォーカスした
時代を生きてないので
子どもの頃から「あなたの何処が良い」
なんて手放しで言ってくれる訳でなく
 



自分が何者であるか、
という確認とは、
自分自身で行わないといけない。




本来、
子供が卒業アルバムに書くような

医者になる!
サッカー選手になゆ!
公務員になる!






みたいな、職業選択なんて
どーーーーでもよくて、





子供がいるなら、身近な大人は、
そんな職業選択のアドバイス以前に



本当は、
あなたの何処が素晴らしい、
それを生かせる仕事ならなんでもいい



生きる上での
本質的な気づきを提供
しないといけないんだよね。 




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結果、ほとんどの大人はこのプロセスを
自ら行い、自分を「育て直す」
必要があるんじゃないのかな。










そんな「見えない自分」を
人間関係において
相手は見てるんだよね。






私も、相手の姿を見てる。






だから、人間関係における
最大のギフトは




客観的に
こんなとこが素晴らしいよって




よりその人が自分を認知する
解像度をあげること。






年上年下限らず、
あなたはこんなとこが素晴らしい。
わたしにはこんな影響をくれた!
今こうしてあるのは、この行動のおかげ。







そんな一言が人生の大ピンチの時や
迷う時、立ち上がる燃料だと思ってるから。






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2月頃のエントリー見ればわかるけど、
自分の良さが見えなくなった。




不安のなか、輪をかけるように
仕事の自信はなくなり、


信頼する人の言葉に、愕然とした。

真意が別にあったことは理解し、
理性では私が未熟だったと思いつつ
人の人生なんだと思ってるんだ、と
恨む気持ちも時折。




どうにかこうにか、
必死に立ち上がろうと、




古くから知る人たちに
私はこの仕事向いてるのかな?
何が得意だったのかな?
私何ができるかな?
何処がいいのかな?

 


っていう恥ずかしいことを
聞くことになり





言ってもらったことはギフトだった。
大ピンチのなか
立ち上がる燃料になった。





わたしもうっすら感じてはいたけど、
きちんと認知していなかったし、
親にもそんなこと言われたことがなかった。




初めて、自分が持つ得意を
きちんと認識した。



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「自分」以外の他者が、
その人にしてあげられる最大のことは



その人らしさを教えてあげること。




その人が大ピンチのときに、
「大丈夫、わたしこれはできる」って
取り出せるギフト
心の燃料にできるギフト
をあげること。






部下を持つときも、
将来子供を育てるときも、


友人と居るとしても、
先輩だとしても、


年老いてきた親だとしても

相手は問わない。






こんな、お金のかからないプレゼントないね!



ばしばし、ギフトを送ろう♡