童心 | ひねくれ適当女子大生日記

ひねくれ適当女子大生日記

自分では誰よりも真面目に生きているつもりですが、それを言うとなぜか鼻で笑われる女の日記です。
客観的に見て、私の日常ってそんなに自由奔放に見えるのかを知りたくてブログを書いてみてます。
あの・・・私、一応努力してますよね?

今日は昔通っていた幼稚園に行きました。

母親がそこで小さな音楽会を開いたからです。

母親が歌を歌って、母親の友人がピアノを弾く、本当に小さな音楽会。

その手伝いをしに行きました。

行くまで、正直少し面倒くさく感じてました。

幼稚園に入って、音楽会のある2階に上がって部屋に入ると、「あ、ここでお菓子作ったな」とか、いろいろ思い出しました。

母親はまだ暇してていいと言うので、園内を見てみようと1階に降りました。

園長先生がいました。

もう10年以上会ってないのに、すぐに園長先生と分かりました。

私には全然変わっていないように見えました。

忘れていらっしゃると思って、話しかけるのをためらっていると、園長先生は私に気付いて声をかけてくれました。

園長先生は、私を覚えてくれていました。

立派になったわね、と言ってくれました。

先生は、何のためらいも無く、「将来は何になりたいの?」と私に聞きます。

子供に聞くみたいに。

きっとこんな質問に、子供は満面の笑みでぽんと答えるんだろう、と思いながら、私は「どうでしょうね」なんて濁った返事しか出来なかった。

園長先生はそれでもニコニコ笑ってらっしゃいました。

母親の音楽会が始まる時間が近くなって、椅子を並べはじめました。

椅子をいくつか出した所で、母親は「それくらいで大丈夫よ」と言いました。

ピアノを弾く母親の友人が「もう少し出したら?」と言いました。

母親は苦笑いしながら「良いのよ、席があんまり余るとみっともないから」と答えました。

私は部屋いっぱいに椅子を並べたくなりました。

入り口で音楽会が始まる少し前から、来た人を部屋に案内するために玄関に立ってました。

母親に言われた通り、音楽会が始まってしばらく経った頃に会場に入りました。

椅子はいっぱいで、座れずに脇の園児用の椅子に座ってる人もいました。

ほらね、椅子なんて好きなだけ並べれば良いのよ。

母は歌を歌いながら楽しそうでした。

昔、母のリサイタルが終わった後、お客様に「あなたのお母様は体に素敵な楽器を持ってるのね。」と言われたのを思い出します。

母は曲の合間に曲の解説や作曲者の話をしたりしました。

母は「私が一番歌を歌っていて幸せだと感じるのが、これから歌う様な憂いを含んだ歌です」と話しました。

歌う母を見ながら、今母はすごく幸せなんだろうと思うと、母がすごく綺麗に見えました。

歌う母の声は悲しくなったり、嬉しくなったりします。

本当だ、うちのママは、ママの楽器を持ってる。

今すごく大事な時間を過ごしてる、と感じました。

音楽会が終わって、園内を見ながら歩きました。

机を見る度、絵本を見る度、遊具を見る度、小さかった頃のイメージが蘇ってくる。

小さいブランコをこいでみる。

なんか、笑っちゃう程楽しくなってくる。

目の前にある滑り台もしてみたくなってきて、鉄棒にもぶら下がってみたくなってきた。

大の大人だって、幾つになっても、きっとブランコは楽しいし、お砂場遊びもアスレチックも、楽しいんだ。

ばかばかしいって言ってやらないだけで。

きっと大人になっても、ママの事は大好きだし、パパとだって遊びたいんだ。

カッコつかないからやらないだけで。

ブランコをこぎながら思う。

“こんな風に生きれたら素敵なのに”

楽しむ事だけに夢中になって、もっとまっすぐ、もっと素直に生きれたら。

みんなきっとそう願ってる。

社会とか、金とか、評価とか…本当は全然大事じゃないのに、いつの間にか逆転してる。

社会も金も、楽しむための手段でしかないはずなのに、いつの間にかそれに振り回されて、私達は目標を失って、それでも猛スピードで追いかけてくる時間から逃げるように、走り続けなきゃなんない。

多分、今まで私、大事な事忘れてたよな。

いろんなものに振り回されて忙殺されてたけど、中心は世間や時間じゃない。

人の心だ。

もう2度と会わないかもしれないけど、もしもまた園長先生にお会いした時は将来の夢を笑って話せるようになっていたい。