私は教師というものが大嫌いでした。
教師の方も、言いたい事をはっきり言う、操りづらい私の事は気に入らないようでした。
教師は小学生の頃からずっと嫌いでしたが、本当に大嫌いになったのは、高校1年の時でした。
それまでは、教師となんか関わらなければいいと思ってましたが、関わらなければならない理由ができてしまったんです。
学校を2ヶ月程休んで、手術のために入院しなければならなくなったのです。
私は担任に、『事務的な事だけやってくれればそれでいい。いや、むしろ、それ以外は干渉しないでほしい』と思ってました。
だから担任には「クラスの人達には誤解の無いように説明して下さい」「配布物は送って下さい」とだけ頼みました。
彼女は、「わかったわ。頑張ってね。」と言いました。
しかしその担任は、事務的な事すらろくにしてくれませんでした。
私の病気の事を、クラスの人達にちゃんと伝えてくれなかったらしく、退院して体育を見学してても、「さぼってんの?」とかしょっちゅう言われました。
「入院による欠席で単位を落とす事はないので安心してください」と言っていたのに、入院中に学校からかかってきた電話は、あと何回休んだら単位を落とすという内容のものでした。
さらに、「配られた配布物は随時送ります」と言っていたにも関わらず、実際には2ヶ月の間に、提出期限の切れた配布物がまとめてドサッと2,3回送られてくるだけでした。
そのくせ、入院中に担任からクリスマスカードが送られてきました。
『心配しています』『早く治るといいですね』『あなたは強いから大丈夫』
心配なんかしてる訳ないじゃない。
やるべき事もやらないくせに、媚売らないでよ。
知ってるんだから。
先生が私みたいな操りづらい生徒が嫌いって事くらい。
そのカードが送られてきた時は、ちょうど雪が降っていました。
わたしは病室の窓をあけて、そのカードをビリビリにやぶって雪と一緒に降らせてやりました。
変わりに降っていた雪を手のひらにのせて、ベッドから起きられない女の子のほっぺにあてて、「雪がふってるよ」と言いました。
その女の子は「ほんとだ」と言って、ニコっと笑いました。
学校になんか戻りたくありませんでした。
高2の時の担任も好きにはなれませんでした。
キリスト教の学校だったので、クリスマスには献金をしなくてはならないのですが、私は1年のクリスマスの時は入院していて、しかもちょうど手術が終わって数日の一番大変な時で、やっと立てるくらいだったので、もちろん献金なんかできませんでした。
高2の時の担任も、最低でも、私が入院していて、献金を出せない状況にあった事くらいは知っていたはずです。
むしろ、そのクラスで私の病気について知っているのは、担任しかいませんでした。
彼女の事は嫌いだったけど、その教室で担任だけが私の病気を理解している、唯一の人だと思っていました。
しかし、彼女はクリスマスが近づいてきた日に私に言いました。
「今年こそは献金出してね」
どういうつもりで、彼女が私にそう言ったのかは分かりません。
いや、どういうつもりでもなく、何も考えていなかったのかもしれません。
体育の先生は私の病気の診断書を受け取っているはずなのに、退院して、見学している私に「お前はなんで見学してるんだっけ。足のけがだっけ」と言いました。
現国の先生は、私が入院していて提出期限を知らなかった物を遅れて提出したら、「今更・・・?」と鼻で笑いました。
早く卒業したくてたまんなかった。
卒業式が待ち遠しかった。
そのはずなのに、いざ卒業しても、なんかすっきりしない。
解決した気がしない。
このままでいいのか。
こんな教師ばっかりが教育だの何だの言ってる。
きっと生徒は私みたいに教師が嫌いになるだろう。
大人が嫌いになるだろう。
だから私はいま大学で教職課程をとっている。
私1人が教師になったところで、何が変わるわけでもないのは分かってます。
でも悔しいんです。
このままじゃ終われないんです。
私が出会った教師のやりかたを、はっきり間違っている、と同じ立場に立っても言えるようになりたいんです。
私みたいなひねくれ生徒を、見捨てたくないんです。
正しい事をしたいんです。
だから私は教師を目指しています。
LIFE×××