【海老名市】安養院 | ぼっちあるき

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歩きながら考えてみた

安養院にやって来ました。

 

 

えび~にゃ!子ども駆け込み寺って大事だけど、実際は境内に人がいることは稀なんですよねぇ。リタイア老人から怒鳴りつけられたり、理不尽な咎を受けたりしている子ども達が、そんな大人を頼ろうと思うだろうかという疑問もあります。

 

そもそも駆け込まなきゃならない理由が、大人による性暴力だったりしますしね。ただでさえ少子化で少ない子どもが、徘徊老人や無敵の人の餌食になっている世の中。おかしいなんてレベルじゃないです。子どもが一人で通学できる安心な国日本が、幻想になりつつあります。

 

 

あぁなんかホッとする。当たり前の光景なんだけど、それが何年も当たり前じゃなかったコロナ騒動。紅白の鈴緒が映えますね。社額に稲荷山とあるように、こちらは境内社の三眼六足稲荷大権現です。白狐が御神体になっている珍しいお稲荷さんなのです。

 

当地を治めていた地頭の海老名季頼が三貫六百文の田地を寄進したことから、三眼六足の白狐がイナゴの大群から農地を守ったという伝説があり、それが三眼六足稲荷大権現という社名の由来になっています。

 

海老名氏は海老名市の名の由来とも言われますが、諸説あり定かではありません。「小海老のいる田を海老田と呼んでいたから」とする説もあります。大昔周辺は海で、大きな海老が棲んでいたからだという説もあります。

 

ちなみに全国には海老田という苗字の方が290人程いるそうですが、字面で「えびでん」と読んでしまった僕は、それ以来海老田という名を見ると「エビデンス」と心の中で呟くことを止められなくなりました。「この人だ~れ?」「evidence」みたいな会話を心の中でしています。

 

 

「馬から降りよ!」と書かれた標柱。鳥居のように見えるのは、車止めならぬ馬止めですね。「馬に跨って来る人なんていねぇよ」と突っ込む所ではありません。由緒とはこういうことを指す言葉だと僕は思っています。

 

 

参道の如意輪山(※勝手な名称です)。これもお寺の来歴を示すものですね。無縁仏となってしまっても、墓石だけは遺して弔う。もしこれらを捨てることが合理的と言うのなら、そんな合理性は要らないんじゃないかな。そしてそれこそが、2,683年も続く日本という国の文化だと思うのです。

 

 

手水舎の正面にお地蔵さんが鎮座しています。珍しいですね。

 

 

鉱物と植物。動物のいなくなった世界って、こんな感じなのでしょう。なんか凄くいい。いや、自分も動物なんで滅亡する訳にはいかないけど、水の循環がある限り、植物が絶えることはないでしょう。人間はどうかな。自ら首を絞めまくってますからね。もっと自然に畏れを抱かないとですね。

 

次回は庚申塔を探しに行きます。それではまた!