「じゃあ、行ってくるね。」



けたたましい音を響かせながら、品川駅のホームに停車した新幹線を背に彼女は僕にそう告げた。



「・・・うん。気をつけてね。」



他に何の言葉もでてこない自分に心底嫌気がさす。



「パパ!行ってくるね!」



まだ状況を理解する事のできない4歳になる息子が、大好きな新幹線に乗れることを喜んでか、キラキラとした笑顔で母親の真似をした。



「うん、行ってらっしゃい。」



僕は少し困ったような、悲しいような複雑な笑顔で小さな彼を見送った。



やがて全ての人が乗車したことを確認すると、新幹線は来た時と同じようにけたたましい音を響かせながら品川駅を発っていった。



僕は自分の妻と息子を乗せた新幹線の姿が見えなくなってからも、しばらくその場を離れる事ができず、ただぼんやりと数分前まで彼女と彼が立っていたその空間を眺めていた。







 僕の携帯電話が鳴ったのは新幹線を見送った2日前の昼頃のことだった。



仕事中に掛かってきた電話に、得意先からかと思い携帯を取り出しディスプレイを確認した。



しかし予想は外れ、ディスプレイには『美沙』と僕の妻の名前が表示されていた。



珍しいな。仕事中に彼女から電話がかかってきたことなど今まで一度も無かった為、僕は訝しんだ。



言い知れぬ不安を抑えながらも、僕は急ぎ会社のデスクから席を外し、廊下へとでると通話ボタンを押した。



「もしもし?どうした?」



「あ、もしもし。ごめんね、仕事中に。」



美沙の声にそこまで違和感は感じなかったが、ほんの少しだけいつもと違うような気がした。



「いや。大丈夫だけど・・・何かあった?」



「うん。あのね、お母さんが倒れたの。

今お父さんと彩香が病院に付き添ってて、検査結果を待ってるみたい。」



「え・・・ほんとに?

なんで?そんな突然・・・?」



「いや、彩香が言うにはちょっと前からなんかおかしかったんだって。

ごはんも食べないし、見るからに辛そうな時もあったって言うから・・・。

お父さんも彩香も病院行こうって言ってたんだけど、お母さん・・・絶対嫌だ。行かんって・・・。」



この時はまだ倒れたと言ってもそんなに大したことはないんだろうなと、何の根拠もなく漠然と思っていたが、それでも義母が倒れたという事実に僕はショックを受けた。



「でね、今日の検査結果次第だけど、もしかしたら私も明日か明後日、実家に帰るかもしれない。

急で悪いんだけど・・・。」



「いやいや。しょうがないよ。どっちにしたって一度帰ってあげたほうがいいんじゃない?

お義母さんがもし入院しちゃったら、彩香ちゃん仕事しながら家の事もしなくちゃいけなくなっちゃうでしょ。」



「そうなんよね。

それに彩香が自分の事責めちゃって・・・。

何で気付けなかったとか、何で病院無理にでも連れてかなかったんだとか。」



美沙の3歳違いの妹の彩香ちゃんは確か今年で25歳になると記憶していた。



美沙もそうだが、小柄で童顔の彼女はとても25歳とは思えないほど幼く見えた。



そんな彼女が自責の念にかられていると思うと胸が痛んだ。



「優希はどうする?一緒に連れてく?それともうちの母さんに預かってもらう?」



美沙の実家は広島にあり、僕らが今現在住んでいる所は神奈川だ。



一番早い東海道新幹線のぞみN700系に乗ったとしても4時間弱の長旅となる。



美沙一人でやんちゃな息子をつれて帰省するのは大変だろうと思い提案してみた。



「んー・・・ううん。大丈夫。

もしかしたら長く居る事になるかもしれないし・・・。

一緒に連れてくよ。」



「そっか。じゃあとりあえず検査結果がわかったら俺にもすぐに知らせて。メールでも電話でもいいから。」



「うん。わかった。」



そういって電話を切ると、知らずに僕の口からはふう、と大きな溜息がでていた。



大した事・・・ないよな。大丈夫だ、きっと。



言い聞かせてはみたものの、胸にかかったもやはとれず、気休めにすらならなかったことに僕は小さく舌打ちをし、デスクへと戻って行った。







#2へ続く