仕事に戻った僕だったが、義母の容体が気になり仕事などまったく手につかなかった。



義母と僕の接点は美沙と付き合っていたときも、結婚してからもそこまであるわけではなかった。



というのも美沙の実家と僕の実家との距離が離れていた為、会う機会すら滅多になかったからだ。



美沙とは2年間の遠距離恋愛の末結婚。そしてさらにその2年後に優希が生まれた。



付き合っていた時に一回、結婚の報告の時に一回。そして優希が生まれ1年程たった時に一回。



僕が義母の家へと出向いたのはその3回きりだった。



しかし義母の方はといえば、結婚し美沙が神奈川に移り住むようになってからは、彩香ちゃんと二人で1年に2,3回は僕の家へと遊びにきてくれていた。



彼女はとても無口な人だった。



彼女に初めて出会った時から数えると、もう7,8年になるだろうか。にも関わらず僕と彼女の会話は両手で、とはさすがに言わないが、間違いなく数えられる程度しかなかった、と断言できる。



ただ勘違いしないでほしいのは、彼女との会話がないことに僕はこれっぽちも不安や戸惑いなどを抱いてはいなかったということだ。



初めて会った時に既に僕は確信していた。



あぁ・・・この人とは気を使って無理に会話する必要はないんだ、と。



彼女の纏う暖かな空気が僕にそう悟らせてくれたのだ。



しかも彼女は僕だけではなく、自分の娘達に対しても言葉多く語る事はなかった。



しかし娘達の話しを無言で微笑みながら聞いているその表情を見れば、彼女がどれだけ娘たちを愛しているか容易に想像することが出来た。



僕の母親がお喋りとまではいかないまでも、いろいろと話しをしてコミュニケーションをとってくる人であったこともあり、美沙達の母子関係がとても新鮮に思えたものだった。



僕はそんな義母も、彼女たちの母子関係もとても大好きだった。



そして優希が生まれてから一層僕は彼女を好きになる。



血のつながりのない僕ですらわかる暖かい空気を纏った彼女に優希が懐かないわけが無く、優希はたまにしか会う事が出来ないおばあちゃんを大好きになり、義母もまた優希を心から愛した。



僕が大人げなく妬いてしまうくらい二人は仲がよかった。



なにしろ今まで聞いたことが無いほどに義母は優希に多くの言葉を投げかけたのだから。



僕は息子に対しても、義母に対しても妬いてしまっていたのだ。なんとも複雑な心境である。



そんな義母が倒れたという。



僕だってすぐにでも駆けつけたい衝動が湧きあがったのは当然のことだった。



しかし僕には家族の生活を支えるという役割があり責任がある。



それを放棄することなんてできないし、したくもない。だけど義母が心配で仕方ない。



そんな葛藤を抱えながら仕事なんて出来るほど器用な人間ではないのだ僕は。








ふと時計を見るとすでに時刻は定時を1時間程過ぎており、仕事を終えた同僚たちがちらほらと「お疲れ様。」と帰り始めている所だった。



僕はと言えば、昼過ぎから全く仕事が進まなかった為、残業必至の状態にあった。



どうしようか。こんな状態で仕事しても効率が悪いし・・・明日に回すか・・・。



そんなことを考え始めた時に携帯の着信音が鳴った。今度は電話ではなくメールだった。



僕は素早く携帯を取り出しメールをチェックした。



・・・・・・。



僕は何度も、何度もメールを読み返した。



嘘だろ。



しばしの間動けず、携帯電話を手にしディスプレイを凝視したまま固まっていた。



はっと我に返り急いで帰り支度を始める。



残った仕事をどうしようかなどと考える余裕はなく、とにかく早く帰って美沙のそばにいてやりたかった。



必死に平静を装いつつ同僚に「お疲れ様。」と声をかけタイムカードを押すと、僕は小走りで会社を後にした。



駅に向かいながらもう一度、美沙から届いたメールを見直した。



【お母さん、大腸癌だったって。

お医者さんがびっくりするくらい我慢してたみたい。

大腸全摘出するけど、転移してるかどうかはまだわからないって。

・・・どうしよう。】



小走りしていた僕の足は、いつのまにか全力疾走に変わっていた。








#3へ続く