幼いころに抱いた夢や希望。


幼いころに誓った約束や想い。


それらは結局儚く散ってしまうものなのだろうか。


“時”は容赦なくいろいろなものを風化させていく。







僕は瑞希と別れてからまめに手紙を書いた。


きっと彼女の元まで繋がっているであろう空を眺めながら、拙いながらも一生懸命に書いた。


“いつかきっと瑞希を迎えに行くんだ”そんな揺るがない気持ちを届けたくて書き続けた。


しかし彼女からの返事が僕の元へ届くことは一度も無く、次第に僕が瑞希へと宛てる手紙も減っていった。


僕は瑞希を信じていたかった。


だけど、一文字一文字書くたびに心が押し潰されそうになった。


どうして返事をくれないの?僕の事忘れてしまったの?逢いたいよ瑞希。


書きながら不覚にも涙がこぼれ、便箋を濡らしてしまう事もあった。


幼かった僕の心はこれ以上傷つく事にとても耐える事ができなかったのだろう。


僕は遂に筆をとることを止め、心には固く錠を施した。






 高校を卒業するころには春風瑞希の記憶は僕の心の奥の方に埋もれ、思い出す事も全くと言っていいほど無かった。


大学に入り気の置けない友人ができると人数合わせにと合コンに誘われた。


乗り気でなかったが友人の面目をつぶすわけにもいかず渋々参加した。


仏頂面で一言もしゃべらずに終わらせてやろうかと考えていたが、やって来た一人の女の子が纏っていた白いワンピースに何故か妙に惹かれた。


周りがお喋りしている中、一人ぼうっとその白いワンピースを眺めていたら「何か・・・おかしいですか?」と不安そうな顔で纏っていた女の子が声をかけてきた。


「いやいや!ごめん。なんだろう。白いワンピースが・・・なんだか無性に懐かしくて・・・。」


それから会話が弾み、彼女も無理矢理合コンに連れてこられたようだったので、隙を見て二人で抜け出した。


数週間後、僕は彼女と付き合う事になり、平穏な大学生活を送った。


卒業するころに彼女とは別れる事になった。


なんでも夢を追って海外へと飛び立つということだった。


彼女は離れてしまうけど大丈夫、続けていけると言ってきたが、僕はきっぱりと断り、別れを告げた。


何故だろう。遠くへ行ってしまうことが恐くてしかたなかった。






月日は流れ僕は29歳を迎えた。


親は「そろそろ良い人連れてきなさいよ!」と口うるさくなっていたが、僕は大学を卒業して以来女性と関わりをもつことはなかった。


好きな事を仕事にしての気ままな独身貴族、そんなのもいいかなと達観していた。


そんな折、祖父の具合が悪いそうで様子を見てきて欲しいと父に頼まれた。


「今年は猛暑だからなぁ。俺もすぐ行きたいんだが、どうしても仕事が休めなくてな。
悪いけど頼めるか?追っかけすぐ行くからさ。」


そういえば随分と顔を見せていないし、心配だったので「もちろん。行かせてよ。」と快く了承した。


父から行き方を詳しく教えてもらい車を数時間走らせる。


「・・・。」


祖父の家に近づくにつれ、徐々に記憶の錠が解れていくような、そんな錯覚を覚えた。


到着すると幸いにも祖父は風邪をこじらせただけだったようで、大事には至らなかった。


僕は数日間有給休暇をとっていたので、良い機会だと思い目一杯のんびりしていくことにした。


長時間の運転で疲れたその日は泥のように眠り、翌日の昼過ぎくらいに僕は散歩へとでかけることにした。


木々の隙間を抜ける陽光のカーテンをくぐりながら、涼を求めて川沿いをゆっくり歩く。


「懐かしい・・・なぁ。」


僕は太陽の光を受けてキラキラと輝く川の水を、細めた目で眺める。


“あの時”と同じように川の水をすくってみると、変わらず驚くほどの冷たさだった。


「ははっ。」


なんだか嬉しいような切ないようなよくわからない感情に胸が少し締め付けられ、知らず知らず乾いた笑い声を発していた。


しばらく歩いて僕は足を止めた。


誰も存在せず、聞こえるのは川のせせらぎと木々の葉が風に揺れて奏でる旋律、そして虫達の歌声。


幻のようなこの空間で、僕は再開を果たす。


15年前の初恋と。


あの日君と初めて出会ったあの場所で。


僕の視界に白いワンピースが揺れていた。