「・・・こんにちわ。」
15年前と全く変わらない姿の彼女が川辺に腰掛けていた。
「・・・き・・・みは?」
僕の喉はカラカラに乾き、しゃがれた声を絞り出す。
つぅっと汗が流れおちたのは暑さのせいだけだろうか。
彼女は憂いを帯びた目で僕をしばし見つめると答えた。
「春風・・・瑞希です。」
僕は金縛りにあったかのように指一本ピクリとも動かすことができなかったが、黙って僕を見つめている彼女の瞳を見ている内に何故だか徐々に落ち着きを取り戻していった。
ゆっくりと足を踏み出し、彼女の隣に腰を下ろした。
「どうして・・・手紙を返してくれなかったの?
たくさん・・・たくさん書いたんだよ?
瑞希に僕の気持ちを届けたくて。」
僕は彼女を責めるつもりなどなく、努めて優しい声で尋ねた。
しかし瑞希は悲しみで表情を歪ませ、本当に申し訳なさそうに「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」と謝って来た。
「ううん。いいんだ。僕だって結局瑞希を信じ抜くことができなくて、筆を置いてしまったんだ。
何かあったんでしょ?その姿にも関係する何かが。教えてほしいんだ。」
瑞希は少しの間、涙を我慢するかのように下唇をきゅっと噛み黙っていたが、やがて口を開き始めた。
「私ね・・・15年前、陽太くんと離れてしまった後・・・死んじゃったの。」
彼女の涙声が僕の頭の中に響き渡り衝撃を与える。
「信じられないよね。いきなりあと少ししか生きられないって・・・。
お母さん達は私には隠してたけど、お医者さんと話してるの偶然聞いちゃってさ。
どうすればいいのかわからなくて・・・毎晩泣いてたなぁ。」
「・・・・。」言葉がでなかった。
そんな僕を見ながら彼女は続ける。
「入院中お母さんが陽太くんからの手紙を持ってきてくれたの。
それを読んで陽太くんに逢いたくてたまらなくなった。
すぐに返事を書いたよ。
でも書き終わった時に思ったの。
死んじゃうことが決まってる私がこれ以上陽太くんの中に残っていいの?って。
陽太くんの中で私の存在が・・・もし大きなものになってしまったら・・・。
私が死んでしまった時、陽太くんを大きく傷つけてしまうんじゃないかって思ったの。
だから返事を出すのはやめた。
そうすることでもきっと陽太くんは傷ついてしまうってわかってたけど・・・でもだせなかった・・・!」
瑞希の目から大粒の涙が流れ落ちる。
「・・・そう・・・だったんだ・・・。」
あの頃の・・・14歳の瑞希とは違い、僕はもう29歳。
彼女の気持ちは理解できたし、なにより病と闘った瑞希の苦しさや辛さを思うと胸が締め付けられた。
「ごめん・・・僕は・・・何も知らずに、何も出来ずに・・・。
瑞希のこと思い出にして記憶の奥にしまって・・・心に鍵をかけた。
瑞希はそんなにも僕のことを想って・・・一人で頑張っていたってのに・・・!」
僕の目からも涙が流れ出していた。
「いいの!陽太くんは私のこと忘れたほうがいいって・・・私がそう願ったんだから!
ただ・・・そのまま陽太くんの記憶から消えてしまうのが嫌だったの。
どうしても謝りたかった。
だから、死ぬ前に神様にお願いしたの。」
「・・・なんて?」
僕は苦しくて顔を歪ませながら瑞希の瞳を覗きこんだ。
「陽太くんが大人になった時・・・一度だけでいいから・・・逢わせてくださいって・・・。」
「っ!」
嗚咽が抑えられなくなり、僕は口を手で覆い俯いた。
「そしたら今日、本当にお願いが叶った・・・。
陽太くん、かっこよくなったね。」
そう言って泣きながらにっこりと笑った瑞希。
僕は彼女の小さくてほっそりした身体を優しく抱きしめた。
「ありがとう・・・逢いにきてくれて本当に・・・ありがとう・・・。」
「わたしも・・・ありがとう。私を思い出してくれて・・・ありがとう。」
身体を離し、瑞希を見つめると僕は15年前言えなかった言葉を紡いだ。
「瑞希、15年前僕は君を好きだった。
僕の・・・初恋だったんだ。」
瑞希は頬を茜色に染めて照れくさそうに囁いた。
「私も。初めて会ったあの日・・・好きになりました。
私の最初で最後の・・・恋でした。」
僕は目を固く閉じて涙をこらえた。
その瞬間ふっと唇に柔らかなものが触れた。
ゆっくりと目を開くとそこにはもう・・・瑞希の姿はなかった。
僕は全身から力が抜けていく感覚に襲われ、しばらくの間呆然としていた。
太陽は西に傾いていた。
僕はふらふらと立ち上がり一歩ずつ歩きだす。
君の事をどんなに追いかけても届かなかったんだね。
僕が見ていた空は君には繋がっていなかったんだね。
逢いたくても・・・逢えなかったんだね。
だけど、15年前の君は幻なんかじゃなかった。
15年前の僕の想いも君の想いも幻なんかじゃなかった。
この町に確かに存在していた君を僕はもう決して忘れたりしない。
美しいコントラストを彩る夕焼け空を仰ぎ見ながら・・・僕はそう誓っていた。