「葵!」
いつからだろう。
お姉ちゃんを『葵』と名前で呼ぶようになったのは。
もう覚えていないけど、とにかく彼女と対等になりたかった。
いつまでも護られる存在でいたくなかった。
葵姉ちゃんを守れる存在に自分がなりたかったんだ。
「どうしたの?要くん。
あまり大きな声ださないでくれる?
みんなを寝かしつけた所だから。」
「あ・・・ごめん。」
施設の年少の子らを寝かしつけていた葵にやんわりと注意され、たじろいでしまう。
「で?どうしたの?」
皆を起こさないように静かに立ち上がり、ゆっくりとこちらに歩いくる葵。
「今年でやっと高校卒業できる。
卒業したら、俺もここで働くよ!
葵を助ける。」
「・・・それ、園長先生には話したの?
私にそんな宣言しても仕方がない気がするけど・・・。」
「言ってないよ!
葵に一番はじめに言うんだって決めてたもん!」
「・・・あ、そう。
でももったいないよ。
要くん頭いいんだから大学行ったらいいじゃない。」
「大学とか興味ないもん。
そんなことより早く葵の助けになりたいんだ。
小学生の時から決めてたんだから!」
「・・・あなた、勉強はできるのに、なんていうか・・・ちょっと残念よね。」
「?」
何が残念なのかわからず、きょとんとしていると、葵が大きな溜息をついた。
物心ついた時から俺には両親がいなかった。
両親が今生きているのか死んでいるのかすらわからない。
俺は生れてすぐにこの施設に引き取られ、園長先生に育てられた。
だから俺にとっての家はここだし、親は園長先生だ。
今は心底〝ここの子”でよかったと思う。
だけど小さい時は違った。
自分が誰にも必要とされていない人間だと思い詰め、自分の殻に閉じこもって生きていた。
誰にも心を開かず、毎日が辛く、暗い感情に支配されていた。
葵姉ちゃんはそんな俺を救いだし、生きる希望を与えてくれた。
葵姉ちゃんは俺を必要とし、一緒にいてくれると約束してくれたんだ。
だから俺も葵姉ちゃんを必要とし、護って行こうと決めた。
目の見えない葵姉ちゃんの助けに少しでもなるように生きていくと決めたんだ。
「・・・まぁ要君が本当にやりたいことだと言うのなら応援するわ。
今のあなた・・・いい色してるもの。」
葵姉ちゃんは時々不思議なことを言う。
色ってなんなんだろう。
そういえば初めて会って話した時も言われた気がする。
まるで全てを見透かし、包み込んでくれるような、そんな暖かさを感じたんだよな。
まぁもう記憶も朧げだが。
「じゃあ園長先生に相談してくる!」
「うん。そうするといいわ。」
背を向け走りだそうとした時だった。
「要くん。
でもね、あなたの私に抱く感情は・・・きっと・・・」
「え?」
元々声の小さい葵姉ちゃんだったが、更に小さい声だったため、よく聞き取れず聞き返した。
「・・・いえ、なんでもないわ。」
「そう・・・?」
少し憂いを帯びた表情でそう言った葵姉ちゃんが少し気になったが、自分の未来を切り開くことに興奮を覚えていた俺は、園長先生の元へと向かって駆けだした。