「園長先生!
俺も高校卒業したらここで働く!
葵を助けたいんだ。」
園長室の扉を勢いよく開け、園長の姿を確認するや否や、声を張り上げてそう宣言した。
園長は何か書類に目を通していたようだったが、作業を一時中断しゆっくりと顔をあげ俺の方に視線を向けた。
「要くん。人の部屋に入る時はノックくらいしなさいね。」
動じることも無く落ち着きはらった様子でそう忠告してきた。
「あ・・・ごめん。」
俺は素直に謝った。
「で?どうしたの突然。
ここで働きたいって・・・。」
「俺がまだ小学生だった時、葵は高校を卒業したらここを出てくっていってたじゃん。
でも園長先生がここで働くように勧めたんだろ?
俺も今年高校卒業だから!ここで働くよ!」
目をキラキラと輝かせながらそう言い放った俺に、園長は心底あきれかえったような視線を返してきた。
「あのねぇ・・・。
職員は足りてるわ。
それ以前にあなたはここで誰の為に、何の為働こうとしているの?」
「そんなの決まってるじゃん。
目の見えない葵の為!
俺が助けてやるんだ、葵を。」
「そう。
だとしたら例え職員が足りていなかったとしても、私はあなたを絶対に雇わないわ。」
穏やかな口調だったが、きっぱりと園長はそう言い切った。
「な・・・なんでだよ!
葵の為だけじゃないよ!
ここまで育ててくれた園長に恩を返したいってのもある!
なぁ、頼むよ!」
拒否されるだなんて思ってもみなかった俺は焦り、なんとか承諾してもらおうと頼みこんだ。
しかし園長は静かに首を振った。
「要くん。
この施設が誰の為に存在して、どんな人がここを本当に必要としているのかを・・・頭を冷やして考えなさい。
あなたはそれを誰よりも知っているはずなのよ。
今あなたが抱いてる気持ちも決して悪いものじゃない。
だけどここで必要な気持ちはもっと別のものなの。
葵ちゃんを私が誘ったのは、あの子がその気持ち誰よりも強く持っていたから。
・・・危ういくらいに。」
話しを聞いてるうちに頭に血が昇っていった俺に、園長の話しを理解することは到底できなかった。
「・・・納得できないよ!
俺と葵の何が違うってんだよ!?
俺だってここで育ったんだ。
ここが大切だし・・・ここにずっと居たいし・・・ここしか居場所がないんだ!」
「・・・自分で答えを見つけなければ意味のないことなの。
それに、焦っても答えなんて遠ざかるだけよ。
要くんは成績良いんだから、大学進学なんてどうかしら?
あなたの視野を広げると言った意味でも、行きたいと言うなら全力で支援しますよ。」
「・・・大学なんて興味ないんだよ!
っ・・・!もういいよ!」
俺は園長に背を向けると、勢いよく扉を開け放ち、部屋から飛び出した。
なんなんだよ!
生まれた時からここにいんのに・・・!
園長先生の人でなし!
園長が自分を受け入れてくれなかったことに対し怒りと悲しみが湧きあがっていた。
冷静になどなれるはずもなく、そのまま施設の外へと飛び出す。
勢いよく正門から出ようとした時だった。
前方からやってくる人影に気づき、慌てて勢いを殺し歩調を緩めた。
危うくぶつかるところだった為、「・・・すんません。」とぶっきらぼうに謝りそのまま素通りしようとした。
するとその人影は俺に対し声をかけてきた。
「あ・・・すいません、こちらの施設の方でしょうか?
よろしければこちらの代表者の方にお会いしたいのですが・・・。」
いくら怒り心頭だからとは言え、さすがに無視するわけにもいかず、声の主の方へと向き直る。
男と女の二人組。
声をかけてきたのは男の方で、20代後半と言ったところか。
その男に半ば強引にしがみつくようにくっついている女。
歳は・・・俺とそう変わらないくらいか、ちょい下か。
親子にしては歳が近いし、兄妹にしては離れている気がする。
妙な取り合わせだ。
園長と喧嘩した直後に再び顔を合わせるのは気まずすぎるので、案内することは避けたかった。
「あー・・・中に施設の職員がいるから・・・その人らに声かけてくれれば案内してくれるよ。」
またしてもぶっきらぼうに言い放ち、その場を離れようとした。
「ちょっとあんた!
何なのよその態度。
わざわざ足を運んでやってんだからもっと丁寧に接客しなさいよ!」
男にしがみついていた女が男から離れ、一歩踏み出しながら高圧的な物言いをしてきた。
「あ?俺はここの職員じゃないし、あんたらを案内する義務なんてないんだよ!」
元々頭に血が昇っていたのに加え、偉そうな女の態度に完全にカチンときた俺は喧嘩腰で言い返す。
「生意気なガキねぇ。職員じゃなくたって関係者なんでしょ?
いいから黙って案内しなさいよ!」
「てめぇ・・・!」
二人の間に不穏な空気が流れ、まさに一触即発な状態。
「結ちゃん。よしなさい。
中にいる職員さんに案内してもらえばいいんだね。
急いでる所悪かったね。
教えてくれてありがとう。」
女を有無を言わさない良く通る声で制止した後、その男はにこやかに謝罪とお礼を俺に伝えた。
「あ・・・いえ、すんませんでした。」
バツが悪くなった俺は素直に謝り、ぺこっと頭を下げた。
その時だった。
「何?要くん。お客さん?」
葵姉ちゃんが正門の方へと向かってきながら聞いてきた。
「あぁ・・・うん。園長先生に会いたいんだって。
案内してやってよ。」
「そう。
要くんと同じ歳くらいかしら?
どうぞ、こちらへ。」
いつもと変わらない葵。しかし次の瞬間今まで見たこともない葵姉ちゃんの表情を目撃することになる。
「ありがとうございます。僕は高瀬と申します。
こっちの女の子は水嶋結です。
よろしくお願いします。」
びくん!!
高瀬と名乗った男の声を聞いた瞬間、葵姉ちゃんは大きく体を震わせ素早く辺りを見回した。
葵姉ちゃんの表情が見たことも無いくらい険しく、尋常ではない様子だったので慌てて声をかける。
「どうしたんだよ?だ・・・いじょうぶか?」
しかし俺の声は彼女の耳には届かず、か細い声で何か呟いていた。
「どう・・・して?男の人が・・・いる?
なんで・・・見えない?」
取り乱している葵を怪訝な表情で見る二人。
「葵!いいよ、俺が案内するから!奥で休んでろよ。」
そう言って俺は二人を園長室へと連れて行く事にした。