中学生の時に大切な人を病気で失くした。
彼に対する恋心を自分自身がはっきりと認識した時にはもう手遅れだった。
彼は私を想ってくれていたのに、それに応えることすらできずに逝ってしまった。
それ以来私の目は閉ざされた。
光が見えなくなった変わりに、私は人の心の色が視えるようになった。
理由はわからない。
でもきっと、もう二度と同じ過ちを繰り返さないように、誰も傷つけることのないように神様が私に与えた咎なのだろうと解釈している。
今まで心の色が見えない人なんて一人もいなかったのに。
私の目の前を通り園長室へと向かっているこの人の心は視えない・・・何故・・・?
いや、初めてじゃ・・・ない。
いつだったか、以前同じような衝撃を感じたことがある。
2、3年前だったか・・・。
そうだ、私の数少ない外出先の一つであるカフェ。
あそこで一度心の色が視えない人に会った事がある。
私は園内へと続く扉をくぐっていく一行の後ろ姿を呆然と見つめていたが、突如焦燥に駆られ急ぎ追いかけた。
この人のことを知りたい・・・知らなきゃならない・・・?
一行に追いつくと要くんが「葵?部屋で休んでろよ。」と気遣ってくれたが、私は首を横に振り「いえ、大丈夫。私が・・・ご案内するわ。」と出来る限り平静を装った。
「顔色悪いですけど、本当に大丈夫ですか?」
高瀬さんの声が聞こえた瞬間またしてもビクッと体が震えた。
「あ・・・すいません・・・。大丈夫です。
先程は失礼致しました。」
高瀬さんがどこにいるのかわからない。
とりあえず声の聞こえた方へと返事を返した。
「いえ・・・。御無理なさらないように・・・。」
そう言って彼は黙った。
気を悪くさせてしまっただろうか。なんだか無性に不安になる。
園長室の前へと辿り着くと、扉をノックする。
「どうぞ。」
園長先生の声を確認し、扉を開く。
「園長先生。お客様をお連れしました。」
園長先生は高瀬さん達の姿を確認すると、立ち上がり「初めまして。当施設の園長をしております北条と申します。」と挨拶をした。
「初めまして。私は高瀬と申します。この子は水嶋 結と言います。
ほら挨拶して。」
「・・・はじめまして。水嶋結です。」
高瀬さんに促されて渋々挨拶をする水嶋さん。
「どうぞ座って下さいな。」園長先生はそう言って二人にソファに腰掛けるよう勧めた。
「失礼します。」
二人が座ると、園長先生に「葵ちゃん。お二人にお茶をお出しして下さい。」と言われる。
いつもなら言われる前に直ぐに用意しているのに、今日は完全に頭から抜けてしまっていた。
「あ・・・すいません、直ぐにご用意致します。」
そう返事をし、給湯室へと急いだ。
給湯室でお茶を用意している間、ぼうっと考える。
人の心がわかってしまうことに慣れ過ぎたのかな。
視えないあの人に対して異常なまでの不安が募る。
あの人は何を考え何を思っているのか。
どんな人に対しても感情の抑揚を察知し、的確な対応をしてきた。
どんな風に接すればいいのか、心の色を視て最善を尽くしてきた。
でもあの人には・・・それが通用しない。
どう接すればいいのか。恐くて仕方ない。
でも、ただの来客じゃないか。
深く関わるわけじゃない。大丈夫よ。
そう言い聞かせ、心を落ち着かせる。
「熱っ!」
物思いに耽っていたせいで、淹れていたお茶を少しこぼしてしまった。
「本当にどうしちゃったんだよ、葵!」
いつの間にやって来たのか、要くんが変わりにお茶を淹れてくれる。
「ごめん・・・。」
「・・・いいよ、手伝う。俺がお茶もってくからさ。」
「ありがとう。」
淹れ終わったお茶をおぼんに乗せて、二人で園長室の前まで戻る。
扉を開けようとした時、中から声が聞こえた。
「・・・というような訳で、この子・・・結ちゃんは心に大きな傷を負っています。
お願いです、どうかこちらの施設に結ちゃんを入園させて欲しいのです。」
立ち尽くす私をよそに、要くんが勢いよく園長室の扉を開けた。