今回があらすじの最終回です。前回の内容はこちら↓

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二人の旅は続き、ある時は農作物を食い荒らす犯人を探し出して駆除したり、ある村では橋を建てかけて隣村への行き来を楽にしたり、ある時は山にいる盗賊を説得して改心させました。師青玄は、盗賊になる人達もまた、どうしようもない状況に追い込まれて、盗賊を仕方なくしていると考えていました。うまく説得できる時もあれば、説得できない時もあるので、その時は賀玄の出番になります。

 

謝憐と血雨探花に会いに行ったり、康城で乾物店を開く皮仔にも会いにいきました。お店は順調なようで、子供も二人増えていて幸せな生活を送っていました。そうして、二人は一日一日、一年一年と、大きな町、小さな町で必要な人のためにいろんなことをして、何年も過ごしました。師青玄の少しばかりあった白髪はだんだん増え、あっという間に頭は真っ白になりました。「どう?智慧が増えたことの表れでしょ?」「その通りだな」そんな会話をしながらも、賀玄の心には黒い染みが広がっていきます。

 

ある時、師青玄は突然言いました。「そろそろ家に帰ろう。」賀玄は何も言わず、皇城に向かって馬車を走らせます。師青玄は目を固く閉じ、疲れた面持ちで賀玄の肩に寄りかかっていました。賀玄は冷たい秋風から守るために抱き寄せて、毛布に包んであげます。二人はこうして六日間かけて皇城近くの山の中腹まで帰ってきました。梧桐樹は長い年月を経て随分大きくなっていました。山から見る皇城は相変わらず栄えています。「これからはいつでもここに来て、この景色を見られるね。」師青玄の白い髪は、秋風に吹かれるままに、なびいていました。「そうだね。毎日でもいいよ」

 

二人は樹に飛び乗り、このたくさんの年月の間に起きたことを、一緒に語り合いました。「また夏になったら魚を捕まえに来よう」「蛇に気をつけるんだぞ」「あれは事故だよ、他のことに気を取られてたんだ」「何にそんなに気を取られてたんだ?」年老いた師青玄は少年のような反応をしながら顔を赤らめて、皇城を見ながら答えます。「君を見ていたから気が取られたんだ。」

 

師青玄は凡人になって四十年、たくさんの人を助けました。神官ではないので能力に限りがありますが、愛する人と一緒に、神官達が応えられないような人々の願いに応え続けたのです。この四十年、良い時も悪い時もどんな時も、賀玄がそばにいました。師青玄は自分の人生に彼がいて幸運だと思い、彼の腕の中で楽しく四十年目を過ごしました。

 

四十一年目の師青玄は、寝床で過ごすことが増えます。元気のないことが増え、よく眠り、一日中寝床にいることも増えました。ある晩、師青玄が寝たのを見て、賀玄は痛みを取り除く為に、手を伸ばして法力を入れようとしました。病を治すことはできなくても、悪化を食い止めることはできると思ったのです。師青玄は熟睡できていない中、賀玄の冷たい手を感じ、即座に手を払いのけて「要らない!」と言いました。

 

賀玄は彼がそういった反応をすることは分かっていました。賀玄は師青玄を抱きしめながら悲痛な声で「・・お前が老いて力尽きるのも、病で苦しむ姿も見ていられないんだ...」と言います。師青玄はしばらくして賀玄の胸に頭を埋めながら言いました。「凡人なんだから、凡人として生きないと。凡人の福を味わい、凡人の苦を味わうべきなんだ。永遠に生きることは、俺にとっては大事じゃない。凡人としてのこの短い数十年、俺にとっては何百年やった神官の何百倍も、いろんな気持ちを経験した。短いからこそ貴重だし、貴重だからこそ大事にできる。わかるかい?」賀玄は頷きます。もちろん理解していますが、理解しているからと言って、賛同できるわけではないのです。暗闇の中、賀玄の目から冷たい涙が溢れました。師青玄の年老いて濁った瞳を覗き込むと、そこには自分が映っていました。ここに映っている自分こそが、師青玄を徐々に死に追いやったのです。

 

時々調子の良い時は、師青玄は賀玄に庭に連れ出してもらい、陽を浴びたり、鳥のさえずりを聞いたり、新鮮な空気を吸いました。師青玄は喋ったり笑ったりし、賀玄は無理して笑顔を作ります。二人とも、もうすぐどうなるのか分かっていました。けれど、誰も口には出しません。「残りの時間は、楽しいことを考えよう」賀玄は師青玄はきっとそう考えていると思いました。

 

師青玄は食欲がない時は、なかなか飲み込めず、飲み込んでも全て吐き出してしまいました。「お茶はもう冷ましたから、もし飲めなかったら口をゆすぐだけでもいいから。あとでお粥を作って来るよ、もう一回試そう。」賀玄は師青玄に笑顔で言い、飲ませてあげます。

 

師青玄も生きようとしていました。賀玄の看病を一度も拒む事なく、十回吐いたとしても賀玄が十一回目を食べさせようとするなら、十一回目も食べましたが、その度に吐いて、毎回苦痛そうでした。そうしているうちに身体は痩せ細り、腹部だけが大きくなりました。常に痛みに耐え、耐えがたい時には汗だくになりながら、悲鳴のような声で耐え続けるのでした。賀玄はその都度医者に見せて、薬を飲ませる以外何もできません。その薬でさえ、なんとか飲んでも全て吐いてしまうのでした。意識も混濁してきて、日ごとに悪化していく師青玄を見て、賀玄は焦ります。法力を入れて辛さを取り除きたいと思うのですが、師青玄がそうしてほしくないと分かっていて、一度も実行はしませんでした。苦しむ師青玄を見て、涙を飲み込み、心は血に染まっても、ただそれに耐えて、そばにいて着替えを手伝ったり、身体を拭いてあげたり、付きっきりで世話をしました。

 

とうとうある日の朝、奇跡のように師青玄は夢の中から目覚め、賀玄に向かって笑いかけました。「おはよう、賀郎..」賀玄は久しぶりに愛する人がはっきりと意識を取り戻したのを見て喜びます。「起きたの?!俺が誰か分かる?身体はどう?薬を作ってくる!」立ち上がろうとした時、師青玄は袖を引っ張り「今はそばにいて、それは後でやって」と言います。賀玄を拒んだのは初めてでした。「わかった。どこにも行かずにそばにいる」「嬉しい、賀郎... こんなに美しい男性がこんなに長い間夫でいてくれて、世話をしてくれて、本当に幸せだったよ...」師青玄は笑顔で答えます。

 

賀玄はまっすぐ見てくれる師青玄を見て、申し訳ない気持ちで一杯になり、目を赤くしながら言います。「全部俺が悪かった。お前を凡人にするんじゃなかった。お前にそんなことする資格なんてないのに...」師青玄の細い手を握りしめて、後悔に苛まれる賀玄は、手を自分の顔に擦り付けながら、冷たい涙が賀玄の目から温かい師青玄の手のひらに流れます。「泣かないで、賀郎。何も間違ってないよ。法力を使ってほしくないのは俺の願いなんだ。何も間違ってないよ。だから、自分を責めないで、賀郎...」

 

師青玄の温かい手が賀玄の顔をさすりながら、冷たい涙が温められ、再び賀玄の顔にこぼれます。そして、そのまま、心にもこぼれ落ちました。「わかった」賀玄は頷きながら言いました。二人は笑顔で見つめ合いました。師青玄は疲れ切って、賀玄を見ながらゆっくり笑顔で目を閉じました。この世界を去る前に、最後に賀玄を見ることができて、満足そうな笑みでした。

 

賀玄は、最後の薬を作ってあげることができませんでした。約束した川の魚も、一緒に捕まえることはできませんでした。ゆっくり冷たくなっていく師青玄のそばで、ただ静かに師青玄を見つめていました。しばらくして、賀玄はやっと立ち上がりました。全て心の中に刻もうとするかのように、小屋の中をゆっくり歩き回り、いろんなところを見て回りました。最後に寝床に戻り、寝床の下の竹の筒を持って、もう息をしていない師青玄を毛布で包み、小屋の外に歩き出しました。

 

山の中腹の梧桐樹の近くに、師青玄をゆっくり置きました。木で置き場を作り、そこに師青玄を寝かせ、竹の筒もすぐそばに置きました。静かに、師青玄の胸に入っている黒石と、風師扇を取り出し、黒石を師青玄の胸の前で組んでいる手に握らせ、風師扇は自分の手で握り締めました。そして、賀玄はじっと、激しい火が燃え上がるのを見つめました。寒い風が吹き続ける中、火はしばらく燃え続けました。

 

賀玄は静かに口を開きました。「花城。」耳元で声が響きます。「どうした?金返せ」賀玄は何も答えません。しばらく通霊の向こう側も静かになりました。「・・ご愁傷様。太子殿下に伝えておくよ。もう...気持ちは決まったの?」賀玄は確かな眼差しで答えました。「うん。」また少しの沈黙の後、花城が言います。「わかった。残りのことは任せて」「ありがとう。」「・・・」賀玄は通霊を切り、梧桐樹に飛び乗りました。

 

梧桐樹の上で、賀玄は皇城をしばらく眺めていました。樹の下の火は勢いが無くなり、もうじき消えようとしていました。賀玄は手の中の破れた風師扇を見ながら、自分の骨灰を混ぜた光沢のある灰色の扇骨を親指でさすりました。そして、何も気に留めない様子で、軽く火の中に放り投げました。「俺らは同じ年の、同じ月の、同じ日に生まれたんだ。だったら、同じ年の、同じ月の、同じ日に一緒に死のう。そしたら、生きてても死んでても離れずに済む。」風師扇は徐々に燃え尽き、扇骨の中の骨灰も、一粒一粒、火の中で燃えていきます。

 

火が尽き、骨灰も燃え尽きた頃、樹の上の賀玄も影のように徐々に黒くなりました。風が吹き、影は霧のように散り、風と共に無くなりました。燃え尽きた灰もまた、風とともに、山の中腹の至る所に飛び散るのでした。

 

 

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これで本文は終わりです。天官賜福では語られなかった風師と黒水沈舟のその後の物語、いかがだったでしょうか?

 

二次創作の作品ですが、天官賜福で語られなかった部分、二人の心情などが上手く描かれていて、個人的にはとても納得のいく解釈でした。最後は悲しくて、読む度にボロ泣きします。あらすじを書く時も何度も涙が溢れてきて、何度も手を止めました。

 

バッドエンドではない、と思うんです。師青玄は凡人になっても、自分を見失うことなく、明るく朗らかに生きていたし、愛する人と人生を最後まで添い遂げて、とても幸せだったと思います。

 

それに、死ぬ時までずっと贖罪の気持ちを持っていた師青玄にとって、死ぬことが一種の解脱だと思わずにはいられないのです。たとえ、老いることなく何百年生きられたとしても、彼の性格上、ずっと罪悪感を持ちながら生き続けることになると思うのです。

 

花城も、賀玄が何をしようとしているのか全て知っていて、止めることなく理解を示しています。きっと凡人になったのが謝憐だったら、自分も同じことをすると分かっているからですよね。謝憐のいない世界にいること自体考えられないし、苦痛すぎるから、止めても無駄というのも分かってて、止めようともしなかったと思います。

 

師青玄は、謝憐が若い頃に言った「身在無間、心在桃源」(身は無間地獄にいようとも、心は桃源郷にある)を一番体現している生き方をしていると思います。どんな状況にいても、自分ができる最大限のことをして周りを助け、周りを明るく照らす。本質の部分は、華やかな風師の頃と全く変わりません。

 

この物語に出会って、より一層風師のことも、黒水沈舟のことも好きになりました。風師の一貫した善意に感銘を受け、黒水沈舟の心情に一緒に葛藤を感じ、二人の甘いやりとりに萌え、二人の生き様に心を打たれ...。いろんなことが溢れてきて、まとまりのない最後になってしまいました。。

 

引き続き、番外編を多分2つほど、あらすじを紹介したいと思います。師無渡が登場するので、お楽しみにおやすみMAU SAC