さて、たまには本業の話題でもお話ししてみましょうか。笑

 

表題にある「不動産担保ローン」についてです。

 

1ヶ月ほど前に不動産担保ローンのお手伝いをする機会がありまして、

久しぶりに色々と調べたことがありました。

 

投資物件なんかをよく取り扱う不動産屋さんではよく使うローンだと思いますが、

個人の住宅を主に取引している当社ではあまり馴染みの無いローン商品です。

 

業界には長くおりますが、ほとんどの期間を個人宅の営業として過ごしていた為、

過去にも数回しか利用したことがありません。

 

そんな私でも知っている、過去の経験から聞かれたらとりあえず思い付くのは、

 

・三井住友トラストローン&ファイナンス(・・・たしか昔はライフって言ってた気がします)

・アサックス

・オリックス

 

この辺でしょうか。

 

どの金融機関も同様の商品を持っていますが、正直あんまり強くないというか、住宅ローン程に力を入れている印象は持っていませんでした。

この3社は現在もバリバリやっています。

特にアサックスなんかは審査も柔軟ですし、お困りの方は相談してみるといいかも知れません。

(特に広告活動をしている訳では無いのでリンクは貼りません。ググってみて下さい)

 

同業の友人に聞きましたが、

最近では「滋賀銀行」が力を入れており、取り扱い件数も伸びて来ている様です。

こちらは金利が安く出やすいようで、おすすめかも知れません。

 

とまぁ、そんなのを色々調べていた期間があったのですが、

人のご縁とは不思議なもので、何件か立て続けに不動産担保ローンの相談の電話がかかって来ました。

大切なお話しですので、個別の案件の詳細は控えますが・・・。

 

私が一番感じたのは、

「貸してくれねぇなぁ・・・」です。

実はこれ、いっつも思います。

住宅ローンも含めて、です。

 

恥ずかしながら、学が無いし海外に興味も無いので海外の金融情報はさっぱりですが、

日本の銀行は不動産に金出さないなぁ・・・とつくづく思うのです。

 

住宅ローンに関しては、「個人情報」をしっかり審査して、保証会社は保証料を徴収し(今は無い場合もありますが)、

さらには不動産に抵当権をつけます。

 

それでも却下してきます。

 

住宅ローンではない不動産担保ローンの方がまだお金は出て来ますが、それでも言います。

 

担保評価はもちろん、収入や仕事内容も大事だ。と。

 

そりゃあ希望満額は無理なこともあるでしょう。不動産は値下がりもしますから。

でも、担保評価的に出せるとこまでは出しても良くない??って思ってしまいます。

差し押さえて売却することができる訳ですから、「間違いなく損はしないライン」があると思うのです。

 

まぁ国の法律上、居住者を追い出すことは一筋縄では無いのは百も承知ですが・・・。

それにしても厳しすぎるよなぁ、といつも思います。

 

もっと柔軟な審査が出来る担保ローン屋さんを開業すればビジネス成り立っちゃうなんじゃないかと思い、

貸金業の法律でも調べてみようかな、なんて思っているところです。(マジで)

質屋でもいいならやってみようかな・・・。

 

誰か詳しい人、たっくさんお金持ってる人、声かけて下さいww

不動産の査定だけはきっちりやりますっ!!!

 

では。

 

と、いうことで久しぶりです 笑

 

ブログを書き続けるというのは大変なものですね。

元々飽きっぽい性格ですが、三日坊主もいいとこです・・・。

 

もはやどんなストーリーを書こうとしていたのかさえ忘れてしまいましたが・・・笑

 

そうそう、娘とのドキドキ二人暮らしと収入の件ですね。

 

前回書いた通り、収入源を分散するのはとても大事だと思うのですが、

長時間働くことはどうも良くないですね。

そりゃもちろん、創業期なわけですし、安定するまでは多少の無理は必要だろうと思いますが・・・。

特に元手がほとんどない状態で開業した私にとってはとても大事に思えたのです。

 

「なんとかなるだろう」

 

は、確かにそうですし、実際どうにかこうにかやってるわけですが、

やはり

・数ヶ月間無収入でも耐えられる貯蓄(開業資金以外に)

・その貯蓄が途絶えるまでに早急に「本業」をスケールさせる(までは至らずともそれなりに)

これやらないと、ほんとに一瞬で破綻します。

 

 

今では娘も幼稚園に通いだし、少しずつですが落ち着いた生活を取り戻しつつあります。

 

当然、たくさんの人に協力してもらいながらの期間でしたが、

自身にとっても色々と考えさせられる期間となりました。

 

 

あまりに更新が遅くなってしまい、どんな結びでこの記事を締めようとしていたのかわからなくなってしまいました。笑

なんだか無理矢理感のある内容になってしまいましたが・・・。

見返してみたら、まぁなんとなく言いたかったことは書けてるかな?と思いますので、

よしとします!

 

これから開業考えてらっしゃる方、こんなこともあるんだと肝に銘じておいた方が無難ですよ。。。

 

連投です。

 

そんなこんなで、

なんとか二人暮らしをスタートさせたわけですが、

問題は「仕事」です。

 

何度かブログでも書いていますが、

私は不動産屋を経営しつつ、軽貨物運送業を営む個人事業主としても活動しています。

 

当社は不動産業の広告活動をほぼ行なっていない為、

丸一日不動産の仕事をしていることは稀で、

軽貨物も私の収入源としては貴重な存在です。

 

朝一番で荷物を運ぶ〜日中不動産業を〜夜はまた荷物を運ぶ

 

これが私のデフォルトです。

不動産で集中的に動く必要のある案件があれば、軽貨物をセーブして時間を調整していました。

 

しかしながら、

娘を預けられるのは基本的に昼前後〜夜までだった為、

まず朝からの軽貨物は出来なくなりました。

単純に収入は半減ですね。

最低限の収入をキープするためには、

昼過ぎから夜までぶっ通しで軽貨物の仕事をするべきなのですが、

とはいえ不動産の方をほっとくわけにもいかないのでそれは無理・・・。

 

そして、幸か不幸か(もちろん幸なんですが)

「不動産の仕事を多めにできるようにシフトしなきゃなぁ〜」

なんて言い始めていたのが夏前だった為、

なんとなくその「芽」が出始めていました。

 

正直、荷物なんて運んでる時間は無く、

不動産にかかりっきりの状況になってきていたのです。

 

よくも悪くも、いろんなタイミングが重なってしまいました。

 

娘の話に戻りますが、

少し神経質な面も持っており、

家以外では寝ることが出来なかったり、

ご飯を食べることが出来なかったり(お菓子は食べるが・・・)、

お風呂も私としか入りませんでした。

 

その為、夜まで荷物を運んでしまうと、

22時過ぎに帰宅し、そこからご飯、お風呂、遊び、絵本・・・・・・

2時くらいにようやく寝るみたいな感じになってしまいました。

 

よくないなぁ。

 

でも荷物運ばないと収入がなぁ。

 

でもよくないなぁ。

 

色々考えましたが、荷物を運ぶ日数を減らすことにしました。

ほぼ無収入です。

(不動産は売上になるまでは時間がかかりますので)

 

先述の通り、

妻が入院する前までは私自身が体調不良に苦しみ働いていなかった為、

数ヶ月間もの間ほぼ売り上げがない状況です。

カツカツです。

 

もう行政の助けを受けて、落ち着いたら再就職でもしようかなぁ・・・

と、本気で毎日考えました。

 

収入源を分散させることでリスクに備えていたつもりでしたが、

少し考えが甘かったようです。

分散させることは、

私のような法人代表とは言えほぼ個人事業として活動している者にとっては大事だとは思いますが、

あくまで労働基準法の「定時」の間の話です。

1日12時間以上費やして収入を分散させている気になっていたのですが、

それは残業代ありきで働いているサラリーマンと一緒で、

破綻は一瞬にしてやってくるものです。

 

大いに反省しなくてはならないと感じました。

 

〜次回へ続く〜

 

そんなわけで、

娘と私の二人暮らしが突如スタートしたわけですが・・・。

 

娘は現在3歳。

会話もそれなりに成り立ちます。

 

話せば理解出来るだろうとは思っていました。

 

確かに理解はしてくれたのですが、

お話ができる分、きっちり反論もしてくるのでそう簡単に説得出来ません 笑

 

「なんで入院なの?」

「なんで今日も帰ってこないの?」

「いつになったら帰ってくるの?」

等々、質問攻めです。

 

「すぐ帰ってくるよ〜」

と言いたいものの、正直いつになるのかわかりません。

当初、2〜3日かと思っていましたが、

妻からのLINEでは

「年内に家に戻れたらいいね、って先生に言われちゃった・・・」

なんて文章が届いていました。

 

おいおい、まだ9月だぞ・・・。

 

会話が理解できている分、嘘を付くわけにもいかず・・・

「元気になったら帰ってくるよ」

「あーちゃん(妻の愛称)が心配しないようにおりこうさんで居ようね」

としか言ってあげることが出来ませんでした。

なんと言ってあげることが正解だったのか。

いまだにわかりません。

 

それでも、娘なりに頑張ってくれていました。

 

入院してから数日は夜中にしくしくと泣いていましたし、

日中もふとした時に涙を見せていました。

ギャーギャー泣くのではなく、しくしくと泣く姿に大きな成長を感じつつも、

我慢しているのがわかる分、こちらも涙が溢れてしまいそうでした。

きっと一生忘れることはありません。

 

一週間ほど経過した頃からは多少慣れてきたようで、笑顔も増えました。

 

幸い、妻のママ友?からも連絡を頂き、

(地元が一緒なので共通の友達も多いのです)

日中の遊び相手は居ました。

これまた幸い、妻の実家も私の実家も同じ市内で非常に近い。

どちらも車なら15分程度。

双方、現役で働いているのでまるっきり面倒を見てもらうことは出来ませんが、

それでもほぼ毎日、うまく時間を区切って見てもらうことが出来ました。

これは非常に有難かったです。

 

「○○ちゃんは毎日みんなと会えるから楽しいね。」

「でもあーちゃんは入院で誰にも会えないなんて可哀想だね・・・。」

と、あくまで可哀想なのは母なんだ、という方向へなんとかシフトチェンジに成功しました。

 

これには娘も納得したようで、

自分も寂しいが、お母さんはもっと寂しいんだ。と、理解していたように思います。

我が子ながら素晴らしい。笑

 

ここまでくると、

ひとまず日々の生活はなんとかなりそうな雰囲気です。

 

「仕事」さえなければ。

 

〜次回へ続く〜

こんばんは。

中島です。

 

先日までは「①薬の離脱症状」を綴って参りました。

今日は「②家族の体調の変化」についてです。

 

当方、妻と3歳の娘の3人家族です。

 

私の離脱症状がなんとなく落ち着いて来た頃、

「ああ、ようやく仕事ができるかなぁ・・・」

なんて思い始めた頃です。

 

妻が入院しました。

 

詳しい容体は割愛しますが、

生命がどうこうとか、そういったことではありませんでした。

 

だからこそこうしてブログにも書くことが出来ます。

 

無事ではあるものの、入院してしまったのは事実。

3歳の娘と、初めての二人暮らしがスタートです。

2〜3日の入院かなぁ・・・?

なんて甘く考えていたのですが、

実際、我が家に戻ってくるまでに2ヶ月を要しました。

戻ってきた今も、以前の生活リズムでは難しい状況です。

 

こうしていわゆる「ワンオペ」(この言い方好きじゃないですが)

が急遽スタートすることになりました。

 

実は私、調理師免許を持っており、ご飯を作るのは全然へっちゃらです。

むしろ楽しい。

妻が家にいる頃から、

お風呂は私でしたし、寝るのもそう。

うちの娘はミルクを全く飲まなかったので、

そのころはどうにも苦労しましたが、

食事を摂るようになってからは一通りのことは出来ていました。

 

世の中のパパさん。

私の周りにも

「おむつ換えたことない」

「ご飯あげたことない」

「お風呂入れたことない」etc....

色々聞きますが、やったほうがいいですよっ!

小さいうちだけですし、思ってる以上に大変ですから。

全部一人でなんて、絶対パンクします。

人の不幸が蜜の味になってきます。

・・・というか、人の幸せが憎くなって来ます 笑

 

いわゆる「イクメン」(この言い方も嫌い)

ってほど参加は出来ていないと思いますが、

やってない方でもないと思います。

 

そして世の中のママさんにも言いたい。

「今日は旦那に預ける」

って言ってないですか??

あれ、あんまり好きじゃないです。

預かるなんて気、サラサラないですから。

自分の子供だもん、当然に一緒にいますよ。

せめて「見といてもらう」くらいにしましょうよ。

 

お、脱線してきましたね。

申し訳ない。

 

次回から、そんな私と娘のドキドキ二人暮らしを綴っていこうと思います。

 

〜次回へ続く〜

そんなわけで、

不本意ながらも投薬生活を終えた私。

 

ここから本当の地獄が待っていました・・・。

 

タイトルにもある、

強烈な離脱症状の始まりです。

 

まずは

「痺れ」

「だるさ」

「むずむず」

これは投薬中も薬が切れ始めたタイミングで感じていましたので想定内です。

薬を飲まなくなって一日近く経った頃から、

「下痢」(かなり重度)

「全身の浮腫」

「もう死んでもいいやと思うくらいの鬱症状」

が追加されました。

 

どれがきついって、全部きついです。笑

 

私は過去、うつ病の診断を受けてしばらく会社を休んだりしたこともあったので、

その辺はなんとなく経験があると言うか、自覚できる感覚はあるのですが・・・。

今回の方が何倍もしんどかったです。

 

・寝れない

・落ちるようにようやく寝るのは朝方

・当然仕事に支障がでる

・目覚めた頃には不在着信ラッシュ

・体がむくみまくり、全身超だるい、下痢が止まらない等で起きる気力なし

・みんなに迷惑かけてるのわかってるので罪悪感で鬱病ループ

・現実逃避「もう全部やめちゃいたい・・・」

・それでもメシくらい食わなきゃ・・・。

・食ってもすぐに放出(固形も水も)

 

根性で乗り切れよ!

って思う方もいらっしゃるかも知れませんが、

そんなに甘いものでは無いのです。

なった人にしかわからないのですが、

鬱症状というのはそんなに単純なものでは無いのです・・・。

 

だから私は会社員時代から部下のメンタルには非常に寛容でした 笑

休みたくなったら休めばいいのです。

 

後々調べましたが、

全て「プレガバリン」「トラムセット」という薬の離脱症状として報告のある症状でした。

いきなりやめちゃいけないというのはこういう事だったんですね。

 

簡単にいうと、上記の薬は「鎮痛剤」として利用されているわけですが、

ロキソニン等の一般的な鎮痛剤とは違い、神経が脳みそに痛みを伝達するのをシャットアウトする、

よく聞く神経ブロック注射の薬版?みたいな作用で、

もはや麻薬と言って過言では無いようです。

(素人なんで、理解が違うのかも知れませんがご愛嬌)

全身が軽く、楽になるので依存性もあります。

この薬を1年以上も飲んでいたので、

私はズブズブのドラックジャンキーになっていたようです。

 

通院中に何度も報告していた、

「薬の効き目が切れて眠れない」

というのは、ヘルニアの症状ではなく薬が切れたことによる離脱症状(禁断症状)

だったんだということにここで気がつきました。

 

自身が招いた状況ではありますが、

「痛みが変わってきている」と何度も報告していたのだから、

その時点で薬の中毒症状を疑って再度MRIを撮るとか、

そういった判断をしてくれても良かったのではないかとも思います。。。

 

結局、この離脱症状は約3週間続き、

その間仕事はもちろん、通常生活を送ることすらままならない状態でした。

 

もしヘルニアや、その他激痛を伴う症状の病に苦しんでおられる方、

おそらくこれらの薬を処方される機会があるだろうと思いますが、

よくご理解された上で服用されることを強くお勧めします。

 

自身では、

薬局で言われたからとむやみに薬の量を変更しないこと、

少し診断に疑問を感じたら面倒がらずにセカンドオピニオンの検討をすること。

この辺りを今後の人生に活かして行きたいと思います。

 

これが私に降りかかった出来事①、薬の離脱症状 です。

 

さて、メインイベントです。

 

長い投薬生活も後半、

ほんとに寝るのがしんどい時期がやってまいりました。

 

当時の生活リズムは、

 

5:30起床 お薬

7:00軽貨物のお仕事

15:00一旦お仕事終了 お昼寝 デスクワークタイム突入

17:30再び軽貨物のお仕事

22:00お仕事終了 デスクワーク残ってたらそれ

1:00就寝

 

こんな感じでしたかね。

1日が長いのは割と平気な方なんですが・・・。

 

なんせ21:00頃から痺れや重だるさがひどくて歩くのもしんどい・・・

というか「めんどくさい」という言い方が正しいかも知れません。

そして就寝時は上記症状に加えて「むずむず」がひどくて全く眠ることが出来ませんでした。

 

薬局で言われた言葉、

「まだ限界量の半分なんで、キツかったら飲めますよ。」

これを思い出し、私は一日3回薬を飲むことにしました。

それでもMAXにはならないですもんね。

 

これがよく効きまして、眠れる眠れる。。。。

快適な生活を取り戻しました。

(後からこれがダメな行為なんだと知りました。)

 

そんなわけで、処方してもらってる量よりも多く飲んでいるわけですから、

当然想定よりも早く薬がなくなります。

 

そこで、いつもより早いタイミングで病院へ向かいました。

 

この病院がねぇ・・・待つんですよ。

7:30に受付して呼ばれるのは10:00くらいですかね。

当然混雑の状況にもよりますが。

最終ギリギリで行った方が待たないんでしょうが、

それだと半日以上潰れてしまいますのでね。朝に行ってました。

 

いつもの通り、10:00くらいですかね。

「中島さ〜ん」

と呼ばれまして、

「薬、まだ残ってると思うんですけど今日はどうしたんですか?」

と言われたので、先述した経緯を説明しました。

 

「・・・ちょっとそのままお待ちください。」

 

何やら不穏な空気が・・・。

 

数分後、

「今日は診察はしません。

お薬も基本出しませんが、

どうしてもというなら完全自費で出しますので処方箋だけ持ち帰ってください」と。

 

なぬ?????

 

私としては

「さんざん待たせてそりゃないでしょう。せめて診察はしてよ。そして自費になる理由をちゃんと言ってください。」

です。

 

「こちらが処方した量を守っていないので。出せません。自費でお願いします。」

 

上記はわざと殺風景にしているわけではなく、ほんとにこんな感じでした。

 

その後の私の言い分は、

「だって薬局でキツかったら飲めって言われたんですよ?

こっちからしたらお医者さんも薬局の薬剤師さんも専門家であって、

その専門家から言われた内容に従っただけなのになんでそんな対応されなきゃいけないんですか?

せめて診察した上で、実は薬の量ってさ・・・っていう説明があった上での自費なら納得できるが、

ちょっと対応悪くないですか?」

です。

 

まぁこれについては私の認識不足というか、知識が至らぬ部分もございまして・・・。

量はちゃんと守らないといけないんですね。

そりゃそうよね。

これがまかり通ったら少々ヤバめの薬も大量に手に入れたり出来ちゃいますもんね。

 

でも・・・薬局で言われたからさ・・・。

いいと思ったのよ。

 

後から自分が悪かったと理解したわけですが、

当然その場では納得がいかず・・・笑

そして今まで溜まっていた不信感、フラストレーションが爆発し、

「もう他の病院にするから紹介状書いてくれ!」

と、割と大きい声で言い放ったのです。

 

「わかりました。」

 

と言われ、少し待っていると・・・

 

「紹介状を書くために診察が必要です。このままお待ちください。」

 

??????

 

「ちょっと待て、さっきそっちは診察しないって言ったよな?なんで診察が必要なんだ?」

 

「状況が変わっている可能性もありますので・・・」

 

「それは紹介状の話がなくてもあり得る話だよな?なんでさっきはサクッと診察しなかった?」

 

「・・・。」

 

「混んでて薬量守らないめんどくさい客だから自費処方箋で処理しようって話?」

 

「・・・。」

 

「どうなの?」

 

「申し訳ございません。」

 

今思えば確かにめんどくさい患者ですよねぇ。笑

自分でも恥ずかしい。

でもそれくらい不信感が溜まっちゃってたんですよ。ほんとに。

 

もう私はイライラMAXに到達してしまった為、

「もう診察なんぞ受けるかぁ!自費でいいから処方箋だけ出せぇ!」

と言ってしまいました。

 

そしていつもの薬局に行き、処方箋を出しました。

そこで、

「今日は自費ですけど、保険証忘れちゃったんですかぁ?この金額で平気ですか〜?」

 

・・・・。かっちーん

 

もはや言いますまい。

「あなたが言った通りにしたらこうなったんですよ。」とは。

 

ともあれ、少量の薬をゲットして帰ることになりました。

 

その後、違う病院を探しましたが、

当然「紹介状は?」の連発で、診察してくれる病院はありません。

言い放って帰ってきてしまった手前、まさかこれまでの病院に舞い戻って「紹介状を」

なんて言う気も起きません・・・。

「どうしよう、どうしよう・・・」そればっかり考えてましたが、

結論は「しばらく仕事休んで乗り切って、症状キツかったら再発ってことで違うとこに行こう」でした。

 

意地張ってないで紹介状もらいに行けよ って話ですよね。笑

 

そうまでしてもう行きたくなかったんです。

 

 

こうして、不本意ながら私の投薬生活にピリオドが打たれたのでした。

 

〜次回へ続く〜

 

 

こんばんは。

中島です。

 

そんなわけで投薬生活を送っていたわけですが、

事件を起こす引き金になった出来事をいくつか紹介します。

 

〜薬局で言われたこと その1〜

 

病院で処方箋をもらい、当然薬局で処方してもらうわけですが・・・。

あれ、正直あんまり好きじゃないです 笑

 

まぁいいんですけどね。全然。

 

なんか結構身の上話的なこと聞いてきたりしませんか??

僕はなんかちょっと面倒で・・・。薬局の人すみません。

お薬の話はありがたいですけどね。

基本的にはそれだけにしていただきたいといつも思います。笑

 

ちょっとそれましたが、

そのお薬の話で、

「今回の薬は副作用が強いので、急にやめたりしないでください。」

的なことを初回に言われました。

へぇ〜、くらいに思っていたのですが・・・。

急にやめると、鬱症状だったり、だるさだったり。

人によるみたいですが重い離脱症状が出るようです。

 

今回長々と書いている表題の症状はまさにこれだったわけですね。

 

〜薬局で言われたこと その2〜

 

「中島さん、手術の話題は出ないんですか?」

「ああ、なんか最初に言われたきりですね。」

「そうですか。長いと大変ですよね・・・。」

「そうなんです。なんか夜薬切れちゃうし。」

「まだ限界量の半分なんで、キツかったら飲めますよ。」

「あ、そうなんすか?それはいいこと聞いた。」

 

若干、私の嫌いな身の上話感はありましたが、これはいい情報。

悪いことばかりではないな。

 

そんなふうに思っていました。

 

〜違う整形外科で言われたこと〜

 

ある時、仕事の都合で薬をもらいに行けなかった時がありました。

参ったなぁ〜、なんて思い悩んでいたのですが、

最初に行った少し小さめの整形外科に連絡し、

「最初にかかったのそこだし、なんとか1日分だけでも処方してくれないか?」

と頼み込みました。

超特別扱いで処方してくれることになり、

「お薬手帳持ってきてね」

とのことでしたので早速向かいました。

(別件ですが、マイナンバーカードが普及すればこの辺もスムーズになるんですかね?)

 

お薬手帳を見せたお医者さんの反応は・・・

「こんな薬この期間のみ続けてんの!?体壊したら意味ないじゃん!!出したくないよ!」

と。

正直ビビりました。

とは言え、先述の通り急にストップ出来ない薬なので仕方ないと、少しだけ処方してくれました。

ありがたやありがたや。。。。

 

「ちょっと方針相談してみなよ」

と言われ、その日は終わりました。

 

 

上記の3つの出来事が、今回の事件の引き金になった主な要因ですね。

こういうことがちょこちょこあり、私の通院先への「不信感」は少しづつ増えて行ったのでした。

 

〜次回へ続く〜

 

 

こんにちは。

中島です。

 

さて、先日の続きですね。

 

そんなこんなで投薬生活が続いていた私。

月一くらいの頻度で通院をしておりました。

病院では、

近況報告→もう少し様子見ましょう を毎回行うだけで、

流れ作業のような感じでしたね。

 

それでも、自分なりに近況報告というか、

症状については発信していたつもりなのですが・・・。

6ヶ月を経過したあたりから、以下のような報告を度々していました。

 

〜痛みの質が変わってきたこと〜

 

ヘルニア発症当初の痛みは、前回のブログでも書いた通り耐え難い程の激痛でした。

あえていうなら電気系?の痛みとでも言いましょうか・・・。

整形外科とかで治療を受けたことがある人ならわかると思いますが、

体にビリビリ電気を流すあれ、の猛烈に強いやつを喰らっている感じですかね。

そらもう猛烈なやつです。

大袈裟ではなく、叫んでました。

 

投薬を始めた当初は、同じ系統の痛みを感じることもしばしばあり、

まだきついなぁ〜・・・と思いながら過ごしていたのですが、

半年を過ぎた頃から、

「痺れ」「ムズムズする」「猛烈にだるい」「やっぱりたまに痛い」

そんな感じに変わっていきました。

 

このような報告は常々行なっておりました。

 

〜薬が一日2回ではしんどいこと〜

 

当方のブログをお読みいただいている方はご存知かと思いますが、

私は「軽貨物運送業」「不動産業」「リフォーム・クリーニング業」等、

いろんな業種の仕事をしております。

だからというわけでもないですが、勤務時間は割と長い方です。

一番MAXで動いていた頃は、朝6時過ぎに起床→昼過ぎまで運送→事務所なり喫茶店なりで不動産やその他の業務→22時ごろ終了。

上記パターンを週5日か6日か。

まぁ駆け出しってそんなもんよねっ!

なんて思いながらそれなりに楽しくやっておりました。

 

処方されていた薬は一日2回服用。

「痛い」は緩和されてきたにしても、そのほかの症状も含め我慢しながら業務に当たるのはなかなかしんどい。

2回服用だと、どうしても業務を優先させるので「寝る時」が非常にしんどいのです。

先述した各症状が出ている状態で布団に入っても、気になって全く眠れないのです・・・。

寝れないよりは日中の仕事中を我慢しようか・・・とか、飲む時間帯を色々調整してみたりしていたのですが、

結局はあんまりうまく行きませんでした。

 

そんな報告も常々。

 

〜毎日ロキソニンを飲んでいるせいか、偏頭痛がひどい〜

 

元々頭痛持ちなのです。

病院なんかも行ったりしていました。

緊張性と偏頭痛、どちらもあるようです。

「軽い」とは言えない頭痛持ちで、ひどい時は嘔吐して寝込んでいました。

頻度としては週に一回あるかな、くらいだったのですが、

とにかくまぁ増えました。

並行して脳神経外科にもお世話になり(違う病院)、

そこでは明確に「ロキソニンが原因」と言われました。

一定量を超えると頭痛持ちでなくとも頭痛を誘発するそうですね。

 

上記の3点はちょくちょく報告していたように記憶しています。

 

お医者さんの返事はいつも「もう少し継続して様子見ましょう」

でしたね。

 

〜次回へ続く〜

連投です。

 

前回の記事で触れました、

私の身に起きたこと①、お薬のお話しです。

 

先に言っておきますが、シャ・・・いやいや、

違法なドラッグの話ではないですよ 笑

ちゃんとお医者様から処方されたお薬です。

 

話すと長いですが、お付き合い下さい。

 

 

 

このブログでも何度か触れましたが、

当方、腰椎椎間板ヘルニア(2箇所)を患っており、

長く投薬生活が続いておりました。

しっかりと書かせて頂きますが、処方されていた薬は

 

・プレガバリン(リリカという名称の方が浸透しているようです。)

 

・トアラセット(トラムセットという名称の方が浸透しているようです。)

 

・ロキソニン

 

・上記に付随する胃薬的なもの

 

です。

 

当初、自宅近くの整形外科でカロナールというお薬を処方していただいたのですが全く効果がなく、

MRIのある大きい病院に行ってくださいとのことで、

総合病院に行き診察を受けたところ、2箇所のヘルニア(一番お尻側から2箇所)ということで、

上記の投薬が開始となりました。

 

当時、

「2〜3ヶ月で自然治癒することも多いので、

その期間様子を見て改善が見られないようであれば手術も視野に入れましょう。」

とのことで通院が始まりました。

(これが後に揉め事になるのですが・・・)

 

ヘルニア、坐骨神経痛を経験した方はお分かりかと思いますが、

その痛みは尋常ではなく、耐えられるようなものではありません。

「痛い」という言い方が合っているのか・・・。

殴られたとかぶつけたとかの鈍痛とは違う、

なんとも我慢しようのない苦痛なのです。

 

投薬も少量から始まったのですが、

「効いてはいるが、通常生活はしんどい」という状況が続き、

徐々に薬量は増えていきました。

それでも、決められているMAX量の半分程度だったようですが。

その辺りの薬量で症状が落ち着き、不動産屋の仕事はもちろん、

軽貨物の仕事もこなせるようになり一安心でした。

 

これが2021年3月の出来事。

私が最後に薬を飲んだのは2022年7月です。

その期間、なんと1年4ヶ月。

 

「おいおい、3ヶ月じゃねぇのかよ・・・」

 

まぁお医者さんがおっしゃるんですから?

仕方ないかな?

いいんですよね????

 

とか思いつつ。

 

「あのぉ・・・僕は手術でもいいかなぁなんて・・・?」

「まぁまぁ、様子見ましょうよ」

 

そんな会話が何度繰り返されたことか。

 

ともあれ、

手術の話はなく、MRIの再検査なんてのもなく(それが通常なのかも知れませんが・・・)

どこか違和感を感じつつ、私の投薬生活はダラダラと続いていったのです。

 

 

〜次回へ続く〜