つい最近何かで読んだことですが、
12月25日は、キリストの誕生日となっていますが、本当の誕生日は定かではなく、
(私が去年、クリスマスの日に教会に訪問してみたときに、神父さんの話も、確かにそんなようなことでした。)
古代の新年のお祝いの日と絡められて12月25日にお祝いする習慣が継続されたそうです。
アメリカの家庭でのクリスマスは、24日の夜に祝って、25日はグータラする、日本の年末年始の切り替わりの晩のようでしたので、なるほどな~と思います。
立春から新年とか、いろんな考え方がありますが、冬至を過ぎ、25日を過ぎ、
今日の新月も、この冬だけの一つの区切り。
以前少し紹介した 月と幸せ ムーンスペルズ (フェニックスシリーズ No.34)
少し新月の定義が違います。

これは表紙カバーの見開きですが、
本文には、
新月は三日月と称される月相で、
全く光らない月は晦(つごもり)という、別の月相になります。
つごもりの説明では、次の通りになっています。
「月がこもって見えない状態を指します。
晦と新月は同じ月相とされることがありますが、本書では分けて考えることにします。
一般的なカレンダーには晦(つごもり)を示す黒丸が一箇所にだけ付いています。しかし、実際につごもりが見られるのは、黒丸が付いた日とその前後を合わせた3日間。
この期間は人生の不要品を処分し、過去と未来に思いを馳せるとき。自分の時間をつくる、あるいは俗世を離れて1人"こもる" のにも敵した月相です。」
今では願い事をする日として有名な新月です。
"過去と未来に思いを馳せる" ことは願い事をすることにもつながりますが、
この晦の説明では、願い事をするという外側の何かに依頼するというより、
自分の内面での整理、決心、決断、決意するときだという印象を受けます。
新月に願い事を書くというのは、自分がこうしよう、ああしようと思うことを書くということだったのではないでしょうか?
結局、願望を叶えるとは、そういうことでもあり、
内面の決心、決意、決断無しには、エンジェルも(自由意思の尊重の観点から)助けられないのです。
これは人間同士も同じです。
内面の決断、決意という自己責任の準備ができた人には、
外側からの助けのエネルギーがすんなり入っていきます。
内面の準備が整っていないと、周りの人が助けたくても助けられないことがあります。
医師も、「患者さんが治る医者の要因は5%で、95%は患者さんの力だ。」と書いているドクターがいましたが、助けるという自分の"行動"はコントロールできても、患者さんに起こる結果はコントロールできない長年の経験の悟りの言葉だと思いました。
願い事はひとりでに叶ったように見えたときでも、
そうなることを内面で責任もって引き受けたエネルギーを発する作業は、本人のみできることなのですね。
晦で自分の心を決め、
他の月相で、内容に合わせて動く。
例えば、転職なら三日月のころに書類を出したり、面接日をそこに調整したり、
ダイエットや断捨離、不動産を売るなどは、下弦の時に始めたり。
新月は、「新年の抱負」の月ごとのバージョンですね。
この冬は、新年の抱負をこの新月に繰り上げて行ってもいいかもしれません。
そして、新年そうそう、三日月の月相で、最初のベイビー・ステップを何か行動する。
すると、スルスルと物事が動いて行きそうです。

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