そこでサクッと簡単に読み終わる「コーヒーと一冊」シリーズ

の中の、

イナンナの冥界下り (コーヒーと一冊)
を読んでみました。
シュメール神話の中のイナンナの冥界下りのあらすじは一部で、女性の時代についていろいろ書いてあります。
あらすじはを読んだ感想は、結構、動物的宇宙人だったんだなあ。解釈した人間が動物的だったのかもしれないけど・・・。
例えば、
権力を持っている女王イナンナ、その付き人に、冥界下りの前に言い残す言葉
「私が冥界に行くその日に、
廃墟の上で我がために哀歌を歌え。
哀歌の太鼓シェムを我がために王座で叩き、
我がために神神の家を取り囲み、取り囲み、
我がために汝がまなこを掻きむしり、汝が鼻を掻きむしり、
誰とも話すことのない秘所で、汝が女陰を掻きむしれ。
・・・」
(想像したイメージ)
ところで、その時代は時間というものが無かった。
別のところの情報によると、寿命が3万5千年とか?
神話の中でイナンナは死んで蘇るので、死はあるようです。
この本の中では、時間がない世界では、何かをすることに理由が無かったと書いています。
それは、中国の古い文字の世界でも、昔は理由が無かったとのことです。
神話の中にも、どうしてそうしたのかが一切書かれていない。例えばイナンナの冥界下りには、どうしてそもそも冥界に行くのか書いてない。
すべての行動が、理由なく部下に指示される。神話として記録される。
男性社会と、理由が着くことには、セットになっているのかもしれません。
理由なく何かをするのは、現在でも女性的なイメージです。
現代人も、理由なく行動が許されたら、行動のバラエティーが一挙に広がるのではないかと思います。
理由とは、結局、他人をコントロールするために登場したのではないかと思います。
(そして、無意識に自分をも無意識に納得させてコントロールする。)
今のマスコミ(今でなくても)も、本能的に分かる真実から意識を遠ざけるために様々な理由、理論、解釈、でごちゃごちゃにして、ある方向に持って行こうとするのがよくわかります。
私も会社では理由が理解できるとスムーズにスラスラ対応して動けましたが、理由が無いと、「はあ?」てな感じで、頭と体が固まってました~。
そしてまた、女性の時代への今、
直感が大切、直感で行動、
とスピリット達からのアドバイス、
直線的時間がなくなる時代、
理由はなくなって行くのでしょうか?
というか、
個人個人が、理由から自分を解放するのを許可していく、
一つのパラレルワールドの選び換えをしていくのでしょうか。
今でも、何かを判断するときは、
一旦聞いた理由をすべて忘れて(横において、棚にあげて)、自分の中心に感じてシンプルに考えた方が自分の判断を信頼できることを感じます。
受けとった理由を踏まえて結論を出そうとすると、思考がグルグルドロドロ冥界下りしていくのを感じます。

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