”思考から離れていく ・・・”
という感覚
今年になって、元旦からの感覚の変化の一つ、
ずっと続いているので一時的なことではなさそうです。
その新しい感覚は、
考えにくい。
あれやこれや思考しにくい。
何かを聞いても、見ても、
以前なら、
「それはあ~だね、こうだね。」と頭が反応していたのに、
今は、
”Huuuuum. (ふーん)”
”Ha~n.(ふん、 または はん!)”
”あー、そう。”
そのまま現象を受け止めているだけのことが多い。
そのため、カードを見ても、以前と比べて、深く考えなくなって来ています。
内股のヒーリングで、出てくるのは、思考ではなく、感覚。
出産のシーンにバッチリあてはまる思考なんて無い。
あるのは感覚のみ。
そして、江戸時代やらどこかの女性のエネルギーも、そこにあるのはあれやこれや考えている思考ではなく、単に一つの言葉にフィットしない感覚のみ。
女性はそういうところが特性としてあるのかもしれない。
脳の感覚も去年までと違う。
脳の違うところを使って生きているような感じ。
それはあ~だとか、こうだとか、意味付け、ひとつの解釈をすることに、何か違うと感じる。
それは多々あるものの見方の一面であり、そう、一面でしかないから、そうとも言えるし、そうではないとも言える。
だから、そのまま・・・・という感覚。
物事は「ただ、在る。」
思考は現実化するとか、
思考も大きな影響力を持った側面であると、今でも思うし、それでかなり変わるし、変わったからそうなったわけだし、
思考が要因で人生にブロックが起きているときはやはり思考へのアプローチはとても重要であり、有効であると、今でも変わらずに思う。
しかし、今はもう、思考を超えた所へのアプローチの段階に入っているのかなと思います。
一つ一つ、思考をアプローチしなくても、ある段階から自動で変わっていく。
それは目に見えないスピリットとのつながりとか、
地球の波動の変化とか、
何がそうした変化を起こしているのかは厳密にはわからないし、相乗買うか、複合的な面もあるだろうけど、以前なら何が起きているのか知りたいと衝動的に思っただろうけど、それを知りたいとも思わなくなり、
それも、「ただ、そうなのだ。」と受け止めて終わり。
「わかる」と「知る」の違いを明確に感じる。
今までは、頭脳で理解して「わかる」に至っていたけれども、直感的に「知る」が多くを占めてきている。
ボイジャータロットの「センサー」女性のワンド、魂。
今はこのカードのことが感覚的に共感できるようになりました。

今年はまた、メニューの変更をするかもしれません。
とりあえず、内股のヒーリングは企画しようと思います。
明日は太陰暦の新年ですね!
また地球のエネルギーも変わりそうですね。
良いお年を~(^ε^)