ピアノ男のソナチネソナタ(第3楽章)~40半ば男がピアノ始めて2年で音大受けたけど落ちたので1年浪人することを決めた軌跡のプログ -32ページ目

ピアノ男のソナチネソナタ(第3楽章)~40半ば男がピアノ始めて2年で音大受けたけど落ちたので1年浪人することを決めた軌跡のプログ

このブログは自宅で法務事務所をやりながら要介護4一級障害者の義理の母マミーのリハビリと介護、そしてその娘で病弱な妻かっちんのお手伝いをしながら懸命に音大ピアノ科合格を目指している40半ば男のサクセスストーリーである。

今から3年前の2016年2月、義理の母マミーの介護の息抜きにと

始めた僕のピアノレッスン。すぐにこのマミーの希望で趣味のピアノ

レッスンから音大受験へと路線変更しました。

 

受験しようと思ってた音大は2つ

 

A音楽短大・・・受験課題曲ベートーベンピアノソナタ1番~18番

(※もっと難解な曲もあったが僕には無理なので上記の曲にした)

 

B音楽短大・・・ソナタ

(※ソナタだったら誰のどのソナタでもOK)

 

当時ピアノを教えてくれていた先生は、ピアノ講師でも何でもない方

だったのでバイエルが終了する2016年の8月まで、この先生に教

えて頂きました。

 

バイエルの時の先生

 

 

その後、2016年9月からはさすらいの出張専門熱血音大受験指導

者である吉田沙保里先生にブルグミュラーから教えてもらいましたが

2017年の春ごろに

 

「A音楽短大のベートーベンの1番~18番はちょっと厳しいですね~。

課題曲はベートーベンの20番にしてB音楽短大1本に絞りましょう。」

 

と言われたので、当初予定していたA音楽短大の受験は諦め、B音楽

短大1本の受験で行くことにした僕たーちゃん。しかし、この年の7月

に妻のかっちんと義母マミーの介護をめぐって大喧嘩してしまったこと

をきっかけに、音大受験することを辞めると宣言した僕は、ここでこの

先生とお別れすることとなります。

 

しかしその後、かっちんに勧められて2ヵ月後の2017年9月には

近所のピアノ教室に通うこととなる僕たーちゃん。

 

ここで出会ったエルロイ先生の指導の下、僕は翌年の2018年2月

にベートーベンピアノソナタ20番第1楽章でB音楽短大を受験するも、

ホールのスタインウェイに全く歯が立たず、その年の受験は失敗に

終わった。

 

エルロイ先生

 

 

このまま音大受験への道はもう終わるのかと思いきや、またかっちん

に勧められて一浪することを決めた僕は、このエルロイ先生の下で

今度はベートーベンピアノソナタの1番第1楽章で、2019年2月に

B音楽短大をリベンジすることとなるのですが、受験まで後り5ヶ月の

2018年8月末に、あまりにも出来の悪い僕相手に怒り心頭したエル

ロイ先生から

 

「あ~、もう無理! 音大なんか無理! 今後どうするか考えて来なさい!」

 

と言われてしまい、僕は昨年の9月末エルロイ先生の教室を去ること

となりました。

 

そして、また以前指導して下さっていた出張専門熱血音大受験指導

の吉田沙保里先生に、2018年10月から指導してもらって、今年

2019年2月には一般入試でA音楽短大ピアノ科に無事合格する事

が出来た僕たーちゃんだった。

 

吉田沙保里先生

 

 

去年の10月にまた沙保里先生の元に戻った僕に先生はしょっちゅう

こんな事を言っていた。

 

「何で、前の先生はベートーベンの1番なんかを選んだんでしょうか

ね? もっと簡単なソナタは沢山あるのに、何でこの曲かな?」

 

事あるごとにそう言う吉田沙保里先生。

 

それはもう受験する直前までずっとそう言っていた。

 

2月14日の日に僕にバイエル教えてくれてた先生が家に現れた時、

最初は、僕が今年はA音楽短大合格したことを知って、スゴイスゴイ

と褒め称えていた。

 

しかし途中からは、去年「あんたに音大なんか無理!」と言って、僕の

受験指導を辞めたエルロイ先生の悪口を言い出したその先生に

かっちんは言った。

 

「だけどさ、今回のA音楽短大の合格はあの先生のおかげでもある

んやで?」

 

この言葉を聞いてギョッとするバイエルの先生にかっちんは続けて

こう言った。

 

「だってさ、あの時吉田沙保里先生とのレッスン辞めてエルロイ先生

んとこに行かんかったら、あの男がベートーベンの1番をやることは

無かった。沙保里先生はあの男に甘いから、簡単なソナタ見つけて

きてやらしてたやろうし、そしたらA音楽短大は受験出来へんかった。

ベートーベンの1番やからA音楽短大受験出来てんからな。」

 

沙保里先生と僕

 

(かっちんはいつも先生が僕に甘いって言うけどさ、先生とのレッスン

はなかなかどうして厳しいんだぞ!)

 

憮然とした表情のバイエルの先生はひとことこう言った。

 

「まぁ、確かにね・・・。」

 

「そうや。エルロイ先生がキッツイ先生やったから、あんなキッツイ曲

をあの男にやらしてくれたんや。沙保里先生はあかん。あの先生は

あの男に甘々やから、多分簡単なハイドンのソナタとかベートーベン

やったら19番とか選んでたんと違うかな? だけどそれではA音楽短

大は受験出来へんねん。B音楽短大だけ受験してた。」

 

「なるほど。」

 

「仮にそれで、B音楽短大合格してたとしてもさ、先生もわかるやろ? 

さよちゃん(マミー)も、年々どんどん弱って行ってるし、とても引越し

なんて出来へんかった。」

 

ちなみにB音楽短大とは、我家からはるばる遠く離れた地方にある

音大だった。だけど、もし合格してたら家族全員そろって引越しして

でも、僕をB音楽短大に通わせる気でいた気丈なかっちん。

 

2年間、今住んでいるこの家を空ける時には、このバイエルの先生

にこの家を格安で貸すという約束も取り決めていた。

 

だけど上記に書いた通り80を越えたマミーは、年々少しずつ弱って

きている。車なんか10分も乗せると疲れ果ててグッタリする程だ。

 

去年もブログには書かなかったけど(ブログやってなかったから。笑)

このマミーに関しては色々あったのだ。

 

なのに車で何時間もかかるような場所に、今のマミーを連れて行くと

いうことはある意味自殺行為とも言えた。

 

だから今年は仮にB音楽短大に合格出来ても、入学することは出来

ないと思っていた僕たーちゃんだった。(※ちなみにA音楽短大もそん

なに近くじゃないけど引越しまではしなくても何とかなる距離)

 

そして、それはかっちんもわかっていたのだろう。

 

かっちんは言った。

 

「この3年ホンマ色々あったけどさ、今となってみたら全てが、この

A音学短大合格への道に繋がってたような気がするわ・・。だから

エルロイ先生にも感謝やな。御礼は絶対持って行かへんけどな。」

 

そう言って笑ったかっちんだった。

 

 

全てが良い方向に運んだこの3年だった。

 

しかしその道のりは、ここのブログを全て読んでくださっていた方

ならばご承知のとおり、生半可なものではなかった。

 

去年、初めて音大受験した時は受験1ヶ月前にマミーが緊急入院

した。

 

今年、2度目の音大受験の数日前には大好きなチワワのちーくん

が天国に行った。

 

 

ゴミ屋敷の処分も本当に大変だったからね~。笑

 

 

だけど毎日懸命に頑張ってたら、今がどんなに辛くても、その先に

ある未来は明るいのだということを、ここを見てくれている全ての人

に僕は伝えたい。

 

 

だって、人はみな幸せになるために、この世界に生まれて来るの

だからと・・・。

 

 

PS 介護ブログ時代のお友達のみなさ~ん

 

今日の記事は、ちょっと介護ブログ時代のデキる男だった頃の僕を

彷彿させたでしょ?

 

ねっ?笑

 

ピアノブログになってからホント駄目駄目で、いいとこ全く無かった

僕なのに、ずっと応援してくれて本当にありがとね~。

 

 

ずっと黙って見守ってくれてた貴方へ、感謝をこめて

 

 

 

 

「ありがとう~みんなの優しさ決して忘れないよ。」

 

 

GACKTそっくりなたーちゃんより

 

 

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