今年の4月の音楽短大入学に向けて、今日も少しの時間があった
らピアノの練習に没頭中!
ここのブログを初めから読んで下さっていた方々ならばご存知の通
り僕は元々末期的な音楽音痴だった。
酷い音痴だし、リズム感も無いし、曲を一曲丸々覚えられない。
なので好きな曲というのは皆無で、日本のアーティストの方の素晴
らしい曲を聴いても、その曲一曲丸々好きというのではなくて、その
曲の中にある1部分だけが好きなのだ。
僕は長渕剛さんが好きなんだけど、何故長渕剛さんかというとね、
あの人の作る曲は
「ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~ウォ~♪ ウォ~ウォ~ウォ~
ウォ~♪」
とか
「ピーピーピーピーピーピー♪ ピーピーピーピーピーピー♪」
とか曲の中にとってもわかりやすい部分があって、末期的音楽音痴
のこの僕でもそこだけは覚えられるからだった。
この第3楽章になってから、僕のことを知った人はおそらく
「大人からピアノ習い始めてたったの3年で音大ピアノ科受かるなん
て、たーちゃんって人は元々音楽的才能溢れる方なのね~ん♪」
と勘違いされてる方も多くいそうなので、ここで改めて僕がどんなに
出来ないかということをはっきり書かせて頂きました。
色々書いてることは謙遜とかじゃなくて本当に真実なので、そこの
ところの事実を踏まえてコメントなんかは頂けるとありがたいです。
それでは本題。
3年前、僕は趣味でピアノを習い始めた。事の発端は、テレビに出演
してたピアニストの辻井伸行さんの演奏を妻のかっちんが目をハート
にして聴いてたので、僕だってピアノ習ったらあのくらい弾けると大口
叩いたことがきっかけだった。
「おうおう、そこまで言うんやったらピアノやらしたるわい! その代わり
やるんやったらピアニスト目指してやれよな!」
ピ、ピアニスト???
まぁ、ピアニストと言っても色々あって幅も広そうなので、まぁこれから
死ぬまでピアノやってたら何とかなるだろう~と軽く考えて始めた僕の
ピアノライフ。
ところがここに義母マミーが口挟んできてからは、僕の呑気なピアノ
生活が一変、過酷な音大受験へとシフトチェンジしてしまったのだった。
この辺りの事知らない人はぜひ↓を読んでくださいね!
(※前編しか貼れないから貼って無いけど後編も読んで下さい)
このマミーが生きてる間に僕が音大の門をくぐる姿を見せる為には
時間との勝負だった。5年先、10年先なんて言っちゃいられない。
なのでとりあえず
「2年待って下さい!」
と真珠婦人みたいなこと言ってしまった僕たーちゃんだった。
ほんでマミーのことを2年待たせた昨年2月、なんとか音大受験は
したものの、案の定不合格となった。
ほんで1年浪人して今年の2月無事音大合格したってわけなのさ。
しかしこの音大受験物語の発案者であるこのマミー、自分が僕に
「音大に行って下さい~。」
と涙ながらに言ったことなんて今ではすっかり忘れてしまっている。
なので昨日もかっちん相手にこんな事を言っていた。
「大体たーちゃんは高望みしすぎなんですよ。何であれだけ音痴で
音楽出来ない人が音大なんか行こうと思ったんですか!」
これについて、今までの経緯をこと細かく話して聞かせたかっちんは
言った。
「だからな、さよ子(マミー)が音大行って下さい~って泣いて言うたか
ら、たーちゃんは音大受験したんやって! じゃないと音大受験なんか
するかいなっ! 音楽苦手でずっと音楽からは逃げてきたような男や
のに! 跳び箱飛ばれへん逆上がりも出来へん私が今から体育大学
行くようなもんなんやからなっ!! 」
「それ言うた時、わての頭が相当狂ってたんやな。じゃなかったら
あの人に音大なんか行ってなんて言うもんか!!」
「だけどさよ子が言うたんやからな! さよ子がいらんこと言うたせい
でたーちゃんはこれからまだ2年もしんどい思いせんとあかんのや!
どないすんねん、おばはんっ!!」
「ほんだら、たーちゃんごめんなって言うとって。あの時のおばばは
どうかしてたんやってな!」
まるで悪びれない様子のマミーだった。
正直、これからの2年は今までにも増して過酷な日々を送ることと
なるであろう僕たーちゃん。
だけど2年後の桜の季節には、また胸を張って堂々と、今度は音大
の卒業証書を手に持ってる僕の姿をマミーに見せてあげるからね。
だからその日まで・・・
どうか元気で生きていてね、マミー♪
マミー
(※画像はマンガ義母と僕とリハビリ介護日記からお借りしました)
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