民間救急移送の軌跡 ~海外患者医療搬送、全国患者移送の足跡~

民間救急移送の軌跡 ~海外患者医療搬送、全国患者移送の足跡~

海外患者医療搬送・全国民間救急搬送の仕事紹介と日記、
世界の国々に訪れた街や食べ物、全国の美味い物を御紹介します。

 

長く住まれた、第二の故郷を後にして、

母国日本へ帰郷する患者さん。

 

 

地元の介護タクシーに乗り、東へと向かう。

 

 

ニューヨーク、JFK国際空港までの道中で、

東海岸に大きな太陽が沈んでゆく。

 

 

2日前に到着した、巨大空港は24時間ごったがえ、

患者さんと同じ様に、多くの人達が、

ここから世界へと旅立っていく。

 

 

再びの夜間飛行、

外は真っ暗、14時間で故郷へと到着する。

 

 

患者さんは目を閉じ、静かに休まれていたが、

何をお考えになっていただろう。

 

 

早朝の羽田国際空港、

定刻到着のA350-1000、

大きな機体を日本の青空が迎えくれた。

 

 

「東京医療搬送サービス」さんのエスコートで、

陸路、故郷 神奈川まで移動。

長い旅は無事に完結した。

 

 

「どうぞお大事に」と頭を下げる私達の顔には笑顔はない。

なぜなら、

国を跨いで帰国する国際患者搬送は確かに大変ではあるが、

長い人生の中で一瞬の出来事であり、

むしろ、ホームタウンに帰郷されてからの、

治療、リハビリ、療養が本当の辛苦の始まりとなる事を、

私たちは知っているからである。

帰郷された患者様には、

どうか社会復帰に向けて養生される事を心から祈念したい。

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夕方の新幹線で再び上京、

深夜便でニューヨークへと向かう。

 

 

日本との時差が14時間であるから、

現地に到着すれば、再び夕方。

 

 

ここは、体内時計バランスの調整が難しい所である。

いつもの100番台ゲートからの搭乗。

 

 

時差を考えて寝ないようにと思えば、

夜間飛行でなぜかぐっすり。

 

 

当然のことながら、JFK空港到着は夕方、

相変わらずごったがえ日の長いニューヨークでも、

入国審査が終われば、陽が暮れているであろう。

 

 

この日は、空港近くのホテルに宿泊。

 

 

翌朝、2時間程かけて、フィラデルフィラへバス移動、

患者さんのいらっしゃる医療施設へと向かう。

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大気不安定な深夜、

小雨に見送られながら成田国際空港へ。

 

 

羽田、成田には毎週のようにお伺いするが、

深夜、雨模様の常磐道は久しぶり。

 

 

南下を続けているうちに、雨は上がり、

いつも通りの高速道路上で、朝日の拝顔。

 

 

早朝の成田空港国際線ターミナルは閑散としていた。

 

 

グランドハンドリングの誘導で、

滑走路へ進入、しばしの待機。

 

 

少し遅れてPBLが横付けされれば、

患者さんの降機はまもなく。

 

 

降機準備が整えば、時間との勝負、

到着機とは言え、定刻運行は絶対である。

 

 

長旅にも関わらず、患者さんは良好な状態、

PBLで車内に収容が完了すれば、

いっきに、北上、故郷の終の棲家を目指す事となる。

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二度目の五葉山、

初夏の三陸は海風が当たり心地よい。

 

 

この季節はツツジが山を色どり、

7月に入ればシャクナゲが咲き誇る山である。

 

 

赤坂峠口から入山、

高低差600メートルほどの登山開始。

花が咲く季節は、東北一円から登山客が訪れ、

広い駐車場も満杯となる。

 

 

登山道には合目の目印があり、

登りやすく、賽の河原を過ぎて、

畳石の鳥居までは急登もなく、

周りの景色と「つつじの花」

を見ながらゆっくり登る事が出来る。

 

 

鳥居をくぐれば、5合目からの急登、

6月上旬というのに、

蝉とカエルの鳴き声が山にこだまする。

 

 

平場は30℃越えだと言うのに、

山は22℃、暑さは全く感じない。

 

 

9合目まで来れば、青い空が近づき、

山小屋、石楠花荘が見えて来る。

 

 

山荘の前には標高1300mなのに湧水があり、

その前には広場が、ここで「日本鹿」のお出迎え、

まるで神の使いのように、逃げる事もなく、

悠々と草を食べている。

 

 

ここから山頂まではあと少し、

日枝神社にお参りし更に西へ、

200m程で頂上到着。

 

 

この日は、天気に恵まれ、

早池峰はもちろん、蔵王や月山までも眺望出来、

空を見上げれば、フェニックスのような雲が、

次から次へと流れていた。

 

 

余談であるが、五葉山は日本最古のピラミッド、

古代人、UFO伝説等々、諸説がある山で、

実際山頂に登ってみれば、

その「謂れ」を肌で感じる事が出来る、

不思議な山である。

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晴天の磐越道を福島県・会津へと向かう。

仙台からは2時間半、前方には会津磐梯山、

その奥には飯豊連峰が屏風のようにそそり立っている。

 

 

福島県・会津若松から海外までの医療用チャーター機搬送、

出発病院には既に海外の医療チームが待機、

患者さんの引き継ぎを行っている。

 

 

出発空港は仙台空港、

患者さんと医療チームをピックアップすれば、

再び、磐越道に入り宮城へと向かう。

 

 

天候が荒れなかった事が幸い、

逆に滑走路上は30℃を越える暑さ。

 

 

今回の医療用ジェットは、、

時々一緒に仕事をしている、漢翔航空のB-20001、

125A Astra SPX。

現在ガルフストリーム G100と呼ばれる、

ストレッチャーの患者さんを含め搭乗人員は5人程、

日本からマニラあたりまでは飛べるが、

この機体は随分と年季の入った機体である。

 

 

患者さんの搭乗が終われば、

機体は、仙台空港 Runway27から高く上がり、

新潟方向へ、

 

 

その後は金沢を通過し、中国・九州を横断、

東シナ海へと消えて行った。

日本時間の午後9時、患者さんは無事故郷、

「All missions complete」の一報を戴いた。

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出発は岩手県・三陸の大船渡市、

30分も南下すれば宮城県である。

 

 

初夏のさわやかな風の中を、

県を跨いで、

秋田県横手市までの搬送。

 

 

水無月に入り、

南東北はじめじめしていたが、

北東北は梅雨時とは思えないカラッとした天気。

 

 

雪解け水も相まって、

奥羽山脈付近の秋田道周辺は、

草木が育ち、緑の色が濃くなってきている。

 

 

秋田県・横手市に入れば、

前方には霊峰・鳥海山が見えて来る。

 

 

鳥海は、まだ残雪が多いが、あとひと月もすれば、

全国の登山愛好家で溢れかえる名山である。

 

 

数時間の患者さん搬送を無事に終え、

再び、鳥海山に見送られながら、

帰社路へと着いた。

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12時間の陸路搬送を終え、

無事に患者さんは、

早朝のバンコク・スワンナプーム空港に到着した。

 

 

チェックインが終われば、

しばしラウンジで休憩、

患者さんの容態は安定し傾眠状態。

 

 

日本国内の天候不良で、

帰国便自体は大きく遅延したが、

その分、予定通りの遅れ時間での定刻出発。

 

 

バンコク上空から南シナ海へと

順調に飛行を続け、羽田空港へと向かう。

 

 

午後7時30分羽田国際空港に到着、

東京の民間救急「サンロード」さんの、

アテンドで都内の病院へ。

 

 

文字通り国境を越え、

海を越えた20時間以上にわたる、

患者さんの海外搬送は無事に完結した。

 

 

このブログをしたためている今も、

世界のどこかで、患者さんが私達の到着を待っている。

要請があれば、そこが地の果てでも、私達は駆けつける、

なぜなら、「邦人の救出救援は邦人が行う」が四半世紀以上続く、

私達の変わらない信念であるから。

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日本から4000㌔、東南アジアの奥深くで、

不幸にして病床に臥された

患者さんが入院している病院は、

外見こそ奇麗ではあったが、

決して優れた医療環境の入院生活ではなかったようだ。

 

 

長い闘病生活の患者さんの手を握りながら、

「今晩、日本に帰国します」と声をかける。

意識のはっきりしない患者さん頬を涙が伝う。

 


 

病院の出発は夕暮れ近く、

ラオス首都のビエンチャンから、

救急車を乗り継ぎ陸路で12時間、

タイ・バンコクへと向かう。

 

 

ビエンチャンから1時間程走れば、

タイとの国境、厳重な警戒体制。

 

 

陸路の国境越えは久しぶり、

厳しい検問の中、ここでタイ側の救急車と乗り換え、

バンコクへと向かう。

 

 

いつもは飛行機の中で夜明けを迎えるが、

今回は異国の救急車内で日の出を拝む、

バンコクスワンナプーム国際空港までの長旅は、

後1時間ほどである。

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深夜、羽田国際空港出発の便にあわせて、

医療チームが上京する。

 

 

今回の任務はインドシナ半島の内陸国、

ラオスからの外傷患者さんの海外帰国搬送である。

 

 

会社を出発してから、

日を跨いでの出発、闇夜の中を空に上がる。

眼下の帝都は光が瞬いている。

 

 

夜間飛行で6時間、まずはタイ・バンコクを目指す、

搬送時間が20時間に及ぶ激務、

ここでしっかり休まなければと、考えても中々眠れず、

日の出を飛行機の中で迎えた。

 

 

タイのスワンナプーム空港でトランジット、

巨大空港ではあるが、

同時に慣れ親しんだ空港でもある。

 

 

バンコクで乗り継ぎ、再び機上の人となる、

眼下には、奇麗なタイの町や水田・森林が広がる。

 

 

1時間30分でラオスの首都、ビエンチャンに到着、

いつも通りのインドシナ特有の赤土の町、

まずは、患者さんが待っておられる、病院へと向かう。

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台風が列島を縦断してから、

ハッキリしない天候が続いている。

 

 

薄曇りの中、盛岡の病院を出発して、

埼玉県へと向かう南下の旅。

 

 

宮城、福島県境の国見サービスエリアでは、

日の光が差して来た。

 

 

7時間程で埼玉県・上尾市の病院に到着、

患者さんは長距離の御移動にも関わらず、

元気に帰郷された。

 

 

東北道を北上し帰社へと向かうが、

今回も佐野サービスエリアで

大休憩。

 

 

麺屋「ようすけ Plus」さんで

大好物の佐野ラーメンを戴き、

再び岩手へと向かった。

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