#45:披露宴

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【タマガワの歴史~ジブンを紐解く~】

 

 

 

#46:専業主婦(修行)

 

 

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こんなはずじゃ

なかったような。

 

挙式・披露宴が

11月下旬だったので

年賀状に

式の写真を使ったり

一人一人

改めてお礼の

ひとことを添えたり

新居のお知らせを

載せたり

今までで一番

年賀状に時間をかけた

年となりました。

 

夫がなかなか

休みを取れない

会社に勤めていた

という事と

私が疲労困憊状態だった

という事で

新婚旅行へは

行かなかったのでした。

 

お互い倉庫・物流業で

盆暮れ正月は出勤し

かわりに普段休む

というサイクルだったので

結婚前に

ゴールドコーストと

グアムだけは

行ったことがありました。

それでいっか!

ということに

してもらって。

(経済的にも、ね)

 

挙式・披露宴当日は

ウエスティン泊をして

翌日はちょっとのんびり。

その翌日から、すでに

通常の生活でした。

 

自分用の軽い朝食と

夫に持たせる弁当を作りつつ

カフェオレを作って

夫を起こす!

 

この、起こす!

が、朝一番の大仕事。

寝起きの人格が

ものすごく酷いので

怖くてなかなか

ビシッと起こせない私。。。

でも

時間までに

起こせなかったら

それはそれで

怒られるので…

日々ドキドキしていました。

 

だんだんコツがわかって

「持ったら熱い位の

カフェオレを渡す」

と、結構すんなり

受け取って

(ちゃんと持てないから

それはそれで怖いけど)

熱さで?正気に

なってくれる

という事が判明(笑)

やれやれ。。。

 

そうこうするうちに

なんとか

専業主婦にも

なじめてきて

ゆったり過ごせそう

と思っていた春・・・

 

まさかの妊娠発覚!

 

しかし、まだ

体調が不完全だったからか

育たず

心拍が確認できないまま。

流産となる前に

医者からバッサリと

処置をすすめられたのでした。

 

エコー写真を見た医者は

とても機械的な

対応でした。

 

私はエコー写真を

もらっていませんでした。

夫は病院に付き添えず

私の報告を聞いただけなので

私はエコー写真を

貰えないのか?

と医者に尋ねたところ

 

「こんなのもらって

どうすんの?」

 

と、呆れた顔をして

写真を私に放り投げました。

 

普通の妊婦だったとしても

この言動には

ちょっとカチンときます。

(私は、ね)

 

そのまま医者はどこかへ

行ってしまいましたが

周りに居た看護師も

特別私に触れることなく

忙しそうにしていました。

 

だから

というわけではなく

私は人目もはばからず

自然と泣いていました。

 

心拍が確認できなかった

「こんなの」

は、人として

認識されないの?

だったら

なんだったんだろう。

 

敏感な私だから

超初期だったのに

気づいてしまっただけで

普通の人だったら

不正出血程度で

気づかずに

過ごしていたかもしれません。

 

処置術の日取りを

決めるよう言われ

入籍(結婚)記念日が

近かったので

その後の予約を

とりましたが

そこまでもたないかも

と言われていた通り

予約日より早く

流産となりました。

 

よりによって

入籍(結婚)記念日。

人生初の入院で

処置に苦しみながら

一晩を過ごしました。。。

 

無事生まれていたら

16歳。

 

このショックから

なかなか立ち直れない私。

どう接していいか

わからなかった夫。

 

今思えば、この時

関係性にヒビが生じて

後々に大きく

影響を及ぼすことに

なったと思われます。

 

なんだかとても

孤独を感じていた

そんな時期でした。

 

 

 

 

画像:2500gのクマ(自作)

披露宴で双方の両親に

送ったクマのかたわれ。

小さく生まれた私、

ずっと小さめで生きています(笑)

足裏に記念日を入れていたので

ほどいてみたのですが

乱雑なまま終わっています〜

 

 

 

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