館長 那耶のひとこと…
中篇です。続けてお楽しみください。
ちょっと、本当にこっちであってるの?」
道なき道みたいなところを昴を必死に追いながら進んでいく。
「もうちょっとでございますお嬢様。あ、見えました、着きました!」
昴に続いて開けた所に出ると、そこには夢のような世界が広がっていた。
「綺麗…!」
まるで沢山の花が咲いているかのような満天の星空。そしてそれが水鏡に映り込んで、まるで空に浮いているかのようで。
「本当でございますね、咲夜お嬢様」
昴を見ると、少し大人びた表情であたしを見て微笑んでいた。
その時、急に冷たい風が吹く。風が冷たくて、頬が切り裂かれるように痛い。あたしはそれを目で昴に訴えかけた。
それは私のせいじゃないんですが…とそんな顔をして困ったようにする昴。
それを見て、あたしはまた空を見上げた。
「見上げれば、こんなにも沢山の綺麗な星があったのに、どうして気付けなかったんだろう…」
透き通る空に、瞬く星。まるで、星が降るようで。
「見る機会がありませんでしたからね。それに、他はどこも空が狭いからでしょうね…」
ばさっ、という音に驚いて後ろを振り返ると、昴がレジャーシートを広げていた。
「お嬢様、座ってみませんか?」
綺麗に広げられたレジャーシートには、クッションや膝掛け、飲み物まで用意してある。ちょこんと座った昴は他にもリュックから物を出してるみたい。
「…それ、何処に入れてたの?」
「これは優秀なんです」
にっこりと笑いながらすっかりぺったんこになったリュックを掲げる昴。いつも通り用意は完璧。すごいわね。
あたしは昴の隣に座りながら、質問する。
「で、飲み物は何を持ってきたの?」
「寒い日にはココアに限ります」
昴はこぽこぽとコップにココアを注ぎ、あたしに差しだしてくる。
「ありがとう」
あたしはコップを受け取り、一口、口に含んだ。ちょうどいい温度で、優しい甘みが口いっぱいに広がる。あぁ、猫舌なのちゃんと分かってくれてたんだ。こんなところまで、気を使ってくれてたんだ、嬉しい。
「おいしい…。これ、ちゃんとあたしが飲める温度にしてくれてるのね、ありがとう」
「いえ、どんでもございません」
いつも通りのように微笑む昴。それを見てあたしもつられて微笑む。
「一緒に飲みましょう?」
「ではお言葉に甘えて」
昴も嬉しそうにココアを飲み始める。二つの白い筋が夜陰に消えて行く。
なんとなく、こんななんでもないことが、一生記憶に残るような気がして。いつまでもこうしてられたらと、何となく思った。
二人、無言で見上げる星空は、悲しいくらい綺麗で。まるで、なにもかも見透かされているようで。久遠の時を経て届いてきた刹那の光は、あたしに色々な事を語りかけてきて。
『あなたの大切なものは、なに?』
あたしの、大切なものは。
『あなたの大切なものは、どこにある?』
あたしの、大切なものは。
そっと、昴の顔を見る。昴は、空を見上げていて気付いてない。
あぁ、大切なものほど、すぐそばにあるんだ。大切なものがすぐそばにあるから、あたしは今日もいつもと変わらず生きていけるんだ。
消え入りそうな光たちは、あたしにそのことを気付かせてくれた。
あたしはそっと微笑んで、またココアの甘みを愉しんだ。
ちろり、とまた昴を覗き見る。…まだ大人びた顔で、空を見てる。笑いもせず、少し、悲しげな感じで。
ねぇ、何を考えてるの?どうして、そんな顔するの?なんで、何も話してくれないの?
あたしが、何か言えば笑ってくれるのかな。でも、何を言えばいいんだろう。何なら笑ってくれるかな。…あ、そうだ。
「ねぇ、昴」
「何でしょう、お嬢様」
無理に笑おうとして、変な感じの笑みを浮かべている昴に、あたしの中では最高に優しい思いを込めて微笑み、言の葉を紡いだ。
「流れ星がみたいな。ほら、あの辺とか」
つい、と適当な所にあたしが手を伸ばす。その方角を、苦笑しながら昴が見る。
「そんな奇跡は…え?」
指先から、白い奇跡が次々と流れて行く。あたし達の、そして全ての時間が止まる。
それはまるで魔法の様で。たった一度の、幻のような幸せな魔法。
沢山流れる光の数々。命の輝きのように流れては消えて行く。
星がこんな風に流れ、瞬く夜に、もし願いが叶うなら。
どうか、この時が続きますように。ずっと、2人でいられますように。もう、他は望まないから。どうか、この時よ、続け。