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アンは呆然とした。

マリアに会えない事ではなく死後のマリアがここまで多くの孤児を支え各国とのパイプとして今でも必要とされていたとは思いもよらなかったからだ。

「この事をガイバーガーさんは知っているのですか?」

「ええ、当然しっていますよ。彼だけは各国の難民向け物資を企業として無料で供給する代わりにマリアが守り通してきたこの施設の援助を微力ながら各国が停止させないでほしいと周辺各国とのパイプになって交渉してくださっている唯一の企業家です。」

その話を聞きアンはこの上ない矛盾と戦ってきたマリアとガイバーを思い無性に涙が止まらなくなってきた。

瞳から流れるその涙は途切れることなく続き子供達の目も気にせずに流れ続けた。

アンはここに来て始めてガイバーガーのマリアに対する愛とそしてこの施設に対するマリアの愛の奥深さを理解させられた。

外に出ると小さな子供がまたそれ以上に小さな子供を面倒見ている光景がアンの目に飛び込んできた。皆、一様に幸せそうな笑顔を降りましていた。しかしその笑顔の裏には語りつくせない悲しみを抱えている事なんだろうと思うとアンはそんな子供達の笑顔を真っ直ぐに見つめる事が出来なかった。

(こんな私が本当にマリアの様な女性を演じられるのだろうか)

そんな自虐的な考えがアンを襲っていた。

ヤルーナは席を立ち手招きをしてアンを建物の裏へと誘った。

アンが歩き出そうとするとまだ年端も行かない女の子がアンの手を握り一緒に行こうとした。アンがヤルーナを見ると彼女は小さく頷いて先を歩いた。

建物の裏へ回るとそこには小さな石碑の様な物が置かれていた。多くの花に囲まれたその石碑に名前は刻まれてはいなかった。

「これがマリアです。」

そうヤルーナがアンに言った。

「どうし何も書かれていないのですか?」

そうヤルーナに質問するとヤルーナは切なそうに答えた。

「先ほども説明した通りここではマリアが死んだ事にはなっていないんです。」

その言葉にアンは呆然とした。なんと答えようのない悲しみだけが心にささりその棘はけっしてアンから抜ける事がないようにさえ思えた。

「もうマリアは決して表には出ません。彼女は私達の母であり永遠なのです、ですから石碑に文字も要りませんマリアは私たちの心に常に居ますから・・」

そう話すとアンはその石碑の前で隣にいる幼子を抱き上げマリアに向かって硬く心に決意した。

その後、アンはヤルーナにマリアとの思い出話しを聞き二時間程でこの場を立ち去った。運転手は往き(いき)の道をそのまま戻りアンマンに到着したのは思ったよりも早く一日半で到着した。アンはヨルダン空港からニューヨークへ向かいそのままアリゾナの撮影現場へと向かった。

空港にはニューヨークですでに連絡をしていたケイトが迎えに来ていた。

「アン早かったわね。マリアとは話せたの?」

アンはその質問には首を振るばかりで一向に答え様とはしなかった。

ケイトが用意した車に乗り込みシートに座り込むと一気に疲れがアンを襲い、睡魔がアンの上瞼を伏せようとした。そして、疲れ果てているアンにケイトが矢つぎ早に質問を浴びせた。

「撮影は順調に進んでいるわ、あなたのシーンは二日後にあるからそれまではたっぷり休んで・・」

そうケイトが言うと薄れる意識の中で唯一聞く事だけで精一杯のアンだった。

その後ケイトは何も聞かず車を走らせ撮影現場へ向かった。

アンはその晩から二日間眠り続けた。口数少なく戻って来てからトレーラーハウスの中でただ眠り続けるアンをケイトやジョンは心配したが撮影当日の朝、車から出てきたアンは撮影用の衣装に着替え何時もの陽気なアンに戻っていた。

オープンスタジオの様子は良く出来ていた。そこは数日前に訪問していた施設を感じさせるものがあった。しかし、そこにいるエキストラの子供達には今を精一杯に生きるといった瞳の輝きはアンには感じ取れなかった。

「アン、どうだい、これでやっとラストカットだ!これが終わればトレーラー生活からは一足先におさらばしてロサンゼルス辺りの高級レストランでスタッフと祝杯でもあげるんじゃないのかい?」

そう冗談めいて話しかけてきたのは助監督のチャーリーだった。

本番の声がかかりアンの演技は今までの新人女優と言った初々しさが消え、嘘の様に見違えていた。そこには演じると言った様子はなくまさに今そこにマリアがいるかのような緊張感と絶望感、そして新しい希望が見えて来るような演技だった。誰しもがそんなアンの演技をみて女優として開花したものと感じた。

「素晴らしかったよ、アン本当に。」

その演技を見てアンに握手を求めたのは監督のケビン・ガードナーだった。そしてその横にはチャーリーが少しだけ涙ぐみ先程までの陽気な雰囲気は微塵もなくただその演技に感動し、余韻を引きずるばかりだった。

アンの撮影は終了した。しかし、アンの心には何か大きな穴が空いている様で撮影を終えた喜びが生まれてこなかった。


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その子供達の多さに驚くばかりのアンに一人の女性が声をかけて来た。

「始めまして、私はヤルーナと言います。あなたはどちらの方?」

そう話す彼女の英語は聞き取りやすくとてもアンは安心感した。

「私はアン。マリアさんの友人のガイバーガーさんの紹介でここまで来ました。現在、ガイバーガーさんはマリアの活動を世界中に知らしめようと今回、映画のスポンサーをされ製作の途中です。私はその映画で若かりし頃のマリアさんを演じる女優です。ここまで来たのはどうしてもマリアさんの話が聞きたくて伺いました」

「そうですかマリアの話を聞きたくてわざわざここまで・・」

そう言うとヤルーナは微笑みアンを施設に招いた。

施設の中は外よりもはるかに涼しく通された部屋には大きな本棚と机だけがある事務所のような場所だった。窓をみると子供達が覗き込み、決して落ち着いて話せるような雰囲気ではなかった。

「あの、マリアさんは?」

そうアンが切り出すとヤルーナは真っ直ぐアンに向かって答えた。

「マリアはもう何年も前に亡くなっています。」

「亡くなった?」

「そう、もうかれこれ十年近くになるでしょう。」

ヤルーナは平然とそう答えた。アンは驚きで言葉が出なかった。

「マリアは今、この中東では神とは言いませんが慈悲深い女神の様な存在です。今ではその事が先行してしまいマリアが亡くなったとは誰も言いません。」

その言葉を聞きアンも理解出来る節があった。

(確かに、どの資料をさがしてもマリアの写真は古いものばかりで年老いてからのマリアの写真がまったく無い事はおかしいと思ったし、ここまで運んでくれた運転手ですらマリアの存在はよく知っていても年齢は解らないと言っていた)

「どうしてマリアさんの死を正直に近隣諸国に伝えないのですか?そして協力を仰がないのですか?」

そうアンが言うと

「もし、マリアの死を各国に伝えれば今ここに居る子供達ともう一つある施設の子供達の援助が止ってしまうからなのです。」

「援助が止まる?どうして?」

眉間に皺を寄せアンはヤルーナに言い寄った。

「この中東の孤児達の問題は難民、食料、テロ問題と全てに繋がって来てしまうのです。マリアの戦後の活動はそんな矛盾との繰り返しだったのですよ、だからマリアが亡くなったと言う事を近隣諸国に正式に伝えれば均衡が取れていた孤児の為の援助金を出し合っていた周辺国は今後、施設運営をどの国が中心となって運営していくかといった面倒を他人に押し付けるような行動に走り均衡を保っていた現状を維持出来なくなってしまうんです。

「そんな・・、それではマリアさんが行ってきた行為は周辺国にとってはただ単に自国のしわ寄せみたいなものではありませんか」

「そうですね、そう思われても仕方がありません。あなたが考えている周辺諸国はとうにマリアがなくなった事は確認済みでしょう。しかし周辺諸国からは何も言って来ません、いや言えないのでしょう。」

一瞬の沈黙の後、アンはヤルーナに尋ねてみた。

「それではなぜ、国連は何も言ってこないの?」

「国連もこの周辺各国の難民全てに援助をする事が出来ないのですよ。もし一国に援助が偏って行われれば直に国連への不信感へと繋がり自国の難民を優先に食料を出せとばかりに詰め寄る事でしょう。それだけこの施設はマリアと言う庇護の下で均衡を保っているのです。」


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撮影も順調に進んだある日、アンはヨルダンへ向かう飛行機の中だった。

中東でのテロはいまだに収まってはいない為、アンマンを経由してイラクへ入る予定だった。

撮影も大半を終えマリアが残したシーンはワンシーンのみ、アンはどうしてもこのシーンを撮るにあたって当時のマリアの揺れ動いた心を聞いてみたかった。このラストカットはマリアがこの中東地区に残る最後の決断をするシーンだったからだ。

当時のマリアにはサンフランシスコで両親と住み大学を出たばかりの駆け出し看護婦だった。なのに、何故そんな一少女がこの戦争で家族の待つ故郷を捨て言葉も(まま)ならぬ地で生きていこうと決めたのか?そんなマリアに聞いてみたい事が山ほどあった。

ヨルダンからイラクにはいる事は今となってそんなに難しい事ではなかった。

戦争も終結して五十年も経つと中東の石油原産国は力を付け国土の整備も十分にされていた。アンがマリアの行方を捜すのさえさして手間はかからなかった。

この中東地区でのマリアの存在は国連よりも影響力が強かったからだ。アンが今乗っている車の運転手ですらマリアの施設に行きたいと言うとそれは丁寧な扱いをしてくれる程だった。

「運転手さん、マリアさんの所まで何時間で着きますか?」

そうアンが聞くと運転手は何食わぬ顔で答えた。

「二日かな」

それがまるで当たり前の様に平然と答えた。

「あなたはマリアさんを知っていますか?いや会った事がありますか?」

そう運転手に聞くと運転手はさっきの質問以上に不思議そうな顔をしてみせた。

「そりゃあるさ。あんた、この辺りでマリアの事を知らない人間なんていないよ。そう言うあんただってマリアを知っているから会いにきたのだろう。彼女は神が我々に授けてくれた女神さ」

そう言うとアンはその運転手にもう一つ質問をした。

「マリアさんの年は幾つ?」

「わからん」

「解らないって、だってマリアさんは有名なんでしょ」

そうアンが言うと運転手は髭を擦りながら言った。

「マリアのはっきりした年は誰もしらん」

そう言うと運転手はバグダッド郊外に向けて車を走らせた。

国境を越えシリア砂漠を過ぎるとファッルージャの先にマリアが居ると言われている施設が有ると言われた。

バグダッドとトファッユージャの間にはユーフラテス川が流れ美しい光景だけがアンの目に飛び込んできた。

「もうじきだよ」

そう運転手が言うとアンの胸は時めかずにはいられなかった。

車は川沿いを三十分も走るとそこにはレンガで造られた古い施設が幾つも現れてきた。その中でも一番大きな建物の前で運転手は止まりアンに声をかけた。

「ここだよ」

車の周りには多くの子供が次から次へと現れ何やら珍しげにアンを見上げていた。